弟と先週、実家で会ったときに聞いた話。
私の弟は、今年春まで、勤務先から電車で二十分くらいの場所にある、アパートに住んでいたが、契約が切れるのを機会に、引っ越すことにした。
元のアパートの家賃は、場所の割に大変安く、なかなか同じ条件の物件はなかった。
弟が、不動産屋へ向かうため、駅の反対側にある商店街へ向かって、ぶらついていると「空室あり」の張り紙がある、アパートを見つけた。
駅から徒歩六~七分。
三階建ての二階。
張り紙を読むと、元のアパートより一部屋多く、綺麗なのだが、家賃はほぼ一緒である。
正直言ってその広さ、築年数でその家賃は、場所的に破格であった。
連絡先には、不動産屋の名前ではなく、個人名と連絡先が書いてあった。
電話を架けると、自分が大家であるというので、早速会いに行ったという。
大家の家はアパートから歩いて十分程のところにあった。
大家はかなり高齢の女性で、聞けばいつでも入居可能だという。
ただ大家は一つだけ条件を付けた。
「女性を住まわせないこと」
というよりは「男女の同居」が不可なのだという。
弟に彼女はいるが、一緒に住む予定はない。
弟が、遊びに来るくらいは良いんですか、と聞くと、それは構わないが住むのは絶対にダメだ、と念を押された。
その条件は、他の部屋も同じはずだ。
夜中に、子どもの泣き声なんかに悩まされることもないな、と思った。
その駅周辺の雰囲気自体が気に入ってたこともあり、弟は入居を決めたのだという。
ところが、引越してから気づいた。
部屋の押入れを開けると、天板の隅に御札が貼ってあったのだ。
真四角の、手の平くらい小さな御札。
判読不明の字が、円形に朱で書かれている。
内見のときには気付かなかったのだが、引越の後片付けをしていて、初めて気が付いたという。
不気味ではあるが、剥す勇気もなくそのままにした。
そして引越しから一週間経った頃、夜の十一時過ぎにチャイムが鳴った。
誰だろうとインターホンを取ると女性である。
三階の住人だという。
何か苦情か、と身構えて弟はドアを開けた。
「あの、夜分すいません。三階の〇〇といいますが、ちょっとお尋ねしていいですか?」
その女性を見るのは初めてだったが、見ると夜目にも顔が青い。
いや蒼白である。
何かに怯えているのか、おどおどしてるっていうかそんな感じだった、という。
「何でしょうか」
「突然、こんな時間に失礼なお話なんですけど、お一人で住んでいるんですよね?」
「えっ? そうですけど」
「女性は住んでいませんよね」
「そうですけど、何なんですか?」
あまりに唐突である。第一、初対面の人間に聞く話ではない。
時間も時間ですこしムッとした。
たぶん表情に出たのだろう、女性は
「あ、すいません。ゴメンなさい」
と言って部屋へと戻っていった。
その時、女性が小さく「隣かぁ」とつぶやいたのが聞こえたという。
それから何週間かしたある日、隣の部屋が突然、引越し、空室になった。
隣には女性が住んでいたのだが、たまに来る程度だった彼氏らしき男性を毎日、朝に見かけるようになった直後のことだったという。
隣が引越をした翌日、ごみ捨て場には、隣の部屋から出たと思われる大量のゴミが置いてある。
ふと、目をやって息を呑んだ。
大量の御札であった。
それはコンビニの袋に入れて捨てられていた。
ところが、そんな詰め込まれているように見えない袋が裂けて、御札がにゅっ、と飛び出している。
弟は、怖くなって良くは見ていないが、その全てが二つに破かれていたと思う、と言った。
弟自身の部屋に何かが起こったわけではなく、隣と、階上の部屋に何が起こったのかは分からないという。
ただその後、休日などに、尋ねてきた三階の女性を見かけることはあるが、その顔は、夜に尋ねてきた人間と同一人物だとは思えないほど、血色の良い元気そうな顔なんだ、と弟は話した。
(了)