クリスマスの朝、彼は笑わなかった。
四六歳、菓子工場の副工場長。毎朝四時に起き、庭で煙草を吸う。家の中は禁煙だ。冬でも外に出る。その時間、決まって新聞配達の高校生に会う。背が低く、声だけがやけに大きい。
「おハよーごザいマす!!!」
まだ夜の色を残した空気を震わせるその挨拶が好きだった。自分も高校時代に新聞配達をしていたからか、親近感があった。工場で余った菓子を時折渡すと、彼は大げさなほど頭を下げた。
クリスマスの朝も、そう始まるはずだった。
だがその日、彼は無言だった。新聞を突き出し、目も合わせずに踵を返す。挨拶もない。顔色は土のようにくすんでいた。
胸の奥がわずかに軋んだが、「何かあったのだろう」と自分に言い聞かせた。
部屋に戻り、新聞を開く。大見出しが視界を刺した。
『高校生惨殺』
読む気になれなかった。目を逸らし、テレビ欄を眺め、いつも通り出勤の支度をした。
門を出ると、見知らぬ太った中年男が立っていた。
「おはようございます」
「うちはもう配達されたが」
「ええ、本日の担当は私です」
手渡された新聞の一面は、政治の話題だった。さっき見た見出しとは違う。家に戻り、先ほどの新聞を探したが見つからない。妻は「そんな新聞、見てない」と言う。
翌朝、高校生はまた現れた。無言で新聞を押しつける。目は焦点が合わず、頬はひどくこけている。
「その態度はなんだ。もう菓子はやらんぞ」
返事はない。いつも曲がる角を曲がらず、林道の方へまっすぐ歩いていく。
新聞を開く。
『高校生惨殺』
今度は読んだ。
配達途中の高校生、遺体で発見。死後約一週間。全身に十六か所の刺し傷。指の損壊。頭部打撲。顔面判別不能。歯形で身元特定。発見場所は○○町林道脇。
○○町は自宅から近い。彼がまっすぐ進んだ先に、その林道がある。
出勤時、またあの中年男が立っていた。
「今日も休みか?」
「無断欠勤です。家にも戻っていないそうで」
軽口のつもりで言った。
「死んでるんじゃないのか」
男は曖昧に笑った。
三日目も、四日目も、高校生は来た。無言で新聞を渡し、林道へ向かう。
「きみ、死んでいるのか」
振り向かない。
新聞は毎回同じ記事だった。
耐えきれず、昼に林道へ入った。枯れ草をかき分け、溝を覗き、茂みを探した。何もない。雪の上に自分の足跡だけが残った。
四日目の朝、寝坊して庭に出られなかった。
門の前に、あの中年男が立っていた。
「見つかりましたよ。自宅裏のドラム缶の中で凍死です。イブの夜だそうです。……ご主人、どうして死んでいると?」
言葉が耳に届くまで時間がかかった。
「林道ではなかったのか」
男は首をかしげた。
後日、彼の家が近所だと知った。狐のような目を思い出し、油揚げと菓子を紙袋に入れ、家の裏へ投げ入れた。供養になると思った。
それ以来、朝四時に庭へ出ることはない。
だが冬の冷気の中で、門の向こうに立つ気配を感じることがある。煙草に火をつけると、誰かが新聞を差し出す影が、視界の端に現れる。
受け取らなければならない気がする。
あの見出しを、まだ読んでいない気がしている。
[出典:839 :本当にあった怖い名無し:2005/08/26(金) 09:48:21 ID:o/5UZ+Z/0]