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人の目をしたカラス r+4.920

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寺に霊感や祓いの力があるかどうか……

そんな話題は、飲み会や夜更けの雑談でたまに出る。

俺の場合、その疑問に一番答えてくれたのは、幼馴染であり、今は寺の住職を務めている友人だった。
酒の席でぽつぽつと語った話が、どうにも忘れられない。

俺が生まれ育った町は、山と田んぼに囲まれた田舎だが、その友人の家の寺は町一番の広さを誇る。山門をくぐれば、手入れの行き届いた庭と大きな本堂、墓域が奥に広がっている。
ただ、総本山から住職が派遣されるような由緒ではなく、明治以降は長男が代々その座を継いできたという。
友人も、いずれは父からその職を受け継ぐはずだった。

幼い頃、友人は祖父――皆から大和尚と呼ばれた人物――によく墓域の掃除に連れていかれたという。
その頃、大和尚は七十歳近く。背筋はまだまっすぐで、真夏の陽射しの下でも袈裟を乱さず、ゆったりとした足取りで墓石の間を歩いたそうだ。
祖母はすでに亡くなっており、父は修行のため町を離れていた。

ある日のこと、いつものように墓域を掃除していると、黒々とした羽音とともにカラスが集まってきた。
墓前に供えられた菓子や果物を狙うのは珍しいことではない。
だが、その中に、何か違和感を放つ二羽が混じっていたらしい。
友人はその理由を突き止めようと、ゆっくり近づいた。

――そして、気づいた。
その二羽は、黒曜石のようなカラスの目ではなく、白目のある人間の目をしていた。
白目の部分は小さいが、黒目の奥にどこか湿った生臭さを湛えていたという。

「ほう……見えるか」
友人の視線を察した大和尚が、ふっと笑った。
「お前の母を拝み屋の家から嫁にもらったのは正解だったな。父親はまったく見えんからのう」

そう言うと、大和尚は数珠を取り出し、人の目をしたカラスたちに向けて短く経を唱えた。
カラスの輪郭がぼやけ、墨を水に落としたように空気に溶け、やがて消えた。

「あれ、何だったの?」
「魂じゃない。ただの悪い気の塊じゃ」

その時は意味も分からず聞き流したそうだが、後に母の出自を知った。
母は、この地域の寺とは異なる民間信仰を司る家の娘であり、強い霊感を持っていた。
父が熱心に頼み込み、嫁に迎えたという。

友人にも、その血が確かに受け継がれていた。
葬儀で引導を渡したあと、まだ霊魂がこの世にとどまっているかどうかを、何となく感じ取れるという。
四十九日まで残る者は稀で、多くは三十日ほどで気配が消える。
だが、自殺や怨みを抱えた死者は、長く、濃く残る。
その場合は儀式を念入りに行うのだと。

この町では、遺体は寺に安置して通夜を行う。
遺体は北枕に寝かされ、その枕元には小さな黒い屏風が立てられる。
魂が抜け、空となった身体に悪い気が入り込むのを防ぐためだ。

ある晩、強い風が吹き、屏風が倒れた。
誰も気づかないまま小一時間が過ぎ、友人が覗くと――
白布の下で、死者の瞼がかっと見開かれていたという。
声も出せずに近寄り、長い時間経を唱え続けると、やがて瞼は静かに閉じ、胸の奥にまとわりついていた重苦しい気配もすっと消えた。

「悪霊を祓ったことはあるのか?」と俺が訊ねると、友人は首を横に振った。
気配を感じることはできても、誰の霊が憑いているかまでは分からない。
その領域に踏み込めるのは、ずっと上の力を持つ者だけだという。
そして、こういう力は修行で身につくものではなく、生まれつきほぼ決まっているらしい。

「相談されたらどうする?」
「医者を勧める」
そう言って笑った。
道行く人を見れば、ほとんど何かしらの気が憑いている。
それら全てに経を唱えるのは不可能だし、中にはそれで均衡が取れている人もいる。寄生虫が宿主を弱らせずに共存しているように。

心霊写真についても、九割は気にする必要がないという。
古道具や骨董品は別だ。
人間より長く存在してきたそれらには、気が凝っていることがある。
だが特別な儀式は要らず、本堂に置いておけば自然に抜けていく。
「漂白剤に漬けるようなもんだ」
そう言って、友人は湯飲みを傾けた。

その話を聞き終えた後、妙に肩が軽くなった気がした。
だが同時に、背後で誰かが息を潜めて立っているような感覚も残った。
振り返っても誰もいない。
ただ、友人の家の方角に、あの黒い屏風がゆっくりと立ち上がる光景が頭をよぎった。

[出典:690 :本当にあった怖い名無し:2012/09/02(日) 17:34:06.43 ID:FZTpamSJ0]

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