両親は、俺が母の腹に宿った夜と、この世に生まれ落ちた夜に、同じ夢を見たらしい。
腹に、淡い金色の光がすうっと吸い込まれていく夢だ。
光は小さくもなく、大きくもなく、けれど温かさと冷たさを同時に放ち、脈打ちながら胎の奥に消えていった、と二人は語る。
そのせいだろうか、俺の家族は俺を一種の“判定役”として扱った。
父の転勤に一家でついていくべきか、土地を手放すべきか、祖母の延命治療を続けるべきか――
結論は必ず俺が下す。
良くても悪くても「神様はこっちを望んだんだろう」と言い合い、妙に納得してしまうのが我が家の習慣だった。
俺自身は、二十歳になるまでにそんな幻想を卒業していた。
反抗期の長い咳払いのような時間を経て、自分がただの凡人だと知った。
霊感も予知も、虫の知らせすらない。
家族もそのことを口外するわけでもなく、しつけは兄弟と同じ。
ただ、肝心な岐路だけ俺の口を通す、そんな奇妙な役割が残っていた。
去年のことだ。
弟の息子――つまり俺の甥が病に倒れた。
原因不明の高熱と、消えない発疹。
いくつもの病院を回り、ようやく名前が判明したそれは、高額な治療を必要とする難病だった。
保険もきかず、長期にわたる治療費に、払えず諦める親も少なくないという。
弟も両親も貯金を崩したが、足りる見込みはなく、実家を売る案が持ち上がった。
そのとき、俺のもとに電話がかかってきた。
受話器越しの母の声は、かつて何度も聞いた、あの切迫した響きだった。
「決めてくれ」
その一言。
……だが俺は、その電話を受けた覚えがない。
いや、正確には、後からそう気づいたのだ。
母によれば、その夜、俺は即答したという。
「年末ジャンボを買え」
三十枚。家族はその通りにした。
当選した。
それも、十年は治療費を賄えるほどの高額当選だった。
家は売らずに済み、難病指定が外れる日を祈りながら暮らせる額だという。
弟から礼の電話がきたのは、その後だった。
俺の口座に百万円が振り込まれ、そこで俺は初めて全貌を知った。
甥の病のことも、宝くじのことも。
「……何の話だ?」
問い返す俺に、弟は困惑を隠せない声で言った。
「お前だろ、指示したのは」
確認のため、両親がかけた番号を聞いた。
それは、俺の番号とは一字も似ていなかった。
かけてみた。
知らない男が出た。低くくぐもった声。
「なんだ」
すぐに切れた。
もう一度かけると、その番号は解約されていた。
母は言う。
俺は甥が病名不明で苦しんでいる時、県外の専門病院の名を挙げたらしい。
それで病名が分かったのだと。
さらに「電話番号を変えた」と知らせてきた、と。
それが、あの見知らぬ番号だ、と。
おれおれ詐欺を疑った。
だが金は減っていない。むしろ増えている。
何を詐欺られたのかもわからない。
母は妙なことを言った。
「お前の神様、分離したのかもな」
分離?
あの金色の光が、俺の中から抜け出して、どこかで別の“俺”を演じているというのか。
現実離れしすぎているが、甥の命を救ったその存在を、否定しきれないのも事実だった。
昨日、再び母から電話があった。
「今年もジャンボ買った方がいいと思う?」
俺は即座に「やめとけ」と答えた。
だが切った後、胸に鈍い違和感が残った。
もし本当に“それ”が分離しているなら、今の俺には何の力もない。
正しい答えなど出せるはずがないのだ。
もしかしたら、あの見知らぬ番号に、再びかけるべきなのだろうか。
金色の光は、もう二度と俺の腹には戻らないのだろうか。
眠れぬ夜、枕元の携帯が一度だけ震えた。
着信番号は、解約されたはずのものだった。
[出典:23 本当にあった怖い名無し 2013/12/02(月) 11:23:14.74 ID:COj8cUkX0]