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短編 怪談

七夕怪談#717-0122

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小学校のクラスメイトに慎一郎というのがいて、父親は地元の名士で、有名な産婦人科医でした。

外壁に蔦がはっているような、かなり古い二階建ての洋館を病院にしていて、近所の子供たちの間では、お化け屋敷などと言うものもありました。

何でも、関東大震災後に建てられた建物だということでした。

実際は、医師として大変評判のいい父親のおかげで、病院はとても繁盛していたようですが。

ところが、小学校の卒業をひかえた頃、慎一郎の父親は突然亡くなり、病院はやめることになりました。

あとには、慎一郎とその母親と妹、そしてお祖母さんが残されました。

何年か経て地元の高校に入学し、当時、またクラスメートになっていた慎一郎たちと話している時のことです。

誰が言い出すともなく、慎一郎の家の、今は使っていない病院だった洋館で、怪談大会でもやろうということになりました。

泊まりに行っていいかと、尋ねたところ、

「いいけど、今度の七月七日の晩ならいい」

と、わけのわからないことを言うのでした。

何で?と聞くと、

「その日はオヤジが死んでから、毎年、幽霊が出るようになったから、家の人は誰もいなくなる、親戚の家に行くんだ」

と、ことも無げに言うのです。

そんな慎一郎の話が火に油を注ぎ、また、その年の七月七日が土曜だったこともあり、大変な盛り上がりようで七~八人の参加者が集まりました。

待望の七日、つまり七夕の晩

夕方から家人のいない慎一郎の家へ集まったぼくたちは、飲めもしないビールをちびちびやりながら、大いに楽しんでいました。

じゃあ、そろそろ病室で怪談をやろうということになり、慎一郎の家族が生活している母屋から、中庭を隔て、渡り廊下の先、元病院だった洋館へと移動しました。

蝋燭を一本、元病室の真ん中に置き、思い思いに、つたない怪談を始めたわけです。

で、慎一郎の番になり、七月七日に毎年出るという幽霊について、話してもらおうじゃないの、ということになりました。

慎一郎が言うことには、別に父親の幽霊が出るというのではなく、だいたい、慎一郎のお父さんが亡くなったのは冬ですし、脳溢血で亡くなったとも聞いてます。

じゃあ、どんな幽霊が出るの?と聞くと、お父さんが亡くなる前、同じ年の七月七日の夜、その日は雨が降っていて、誰とも知れぬズブ濡れになった妊婦が、たった一人で、もう、ほとんど赤ちゃんが生まれそうになった状態で、病院を訪れたということでした。

慎一郎の父はとりあえず、妊婦を病室に運んだのですが、結局、赤ちゃんは死産でした。女の子だったそうです。

母体の方もかなり衰弱が激しく、危ない状態だったそうですが、ともかく一命は取り止め、朝方、徹夜となった看護婦さんと一休みしていると、ほんの30分ほど、病室を空けただけなのに、その瀕死と思われた女は病室から、消えていたそうです。

もともと何の持ち物もなかったそうですが、ズブ濡れの服とともに、名前も素性も何もわからないまま、いなくなったということで、警察に連絡し、近所を探したりしたそうですが、最終的に女は見つからず、それっきりになってしまいました。

じゃあ、その消えた女が幽霊になって出るの?と聞くと、慎一郎は、いや、その時の死産だった赤ん坊が出る、と言うのです。

出るというよりも、泣くんだ、と言うのです。

いずれ、その消えた女が戻って来るのではないかと考えた慎一郎の父は、その赤ちゃんを葬らず、お骨にして、病院の空き室というか、物置のような部屋へ、置きっぱなしにしたまま亡くなってしまったそうです。

それからというもの、毎年、七月七日の深夜、その空き部屋から、赤ちゃんの泣き声がするようになった、と言うのです。

誰も幽霊を見てはいないけれど、確かに赤ちゃんの泣き声はする。

だから、その夜は、気味が悪いので家族は外泊するようになった、ということです。

慎一郎というのは、度胸がすわっているというか、何も感じないというか、今、思えば変な奴で、その晩、ぼくたちが怪談をしていた部屋は、ご丁寧にも、その赤ちゃんの骨を安置した空き部屋の隣ということでした。

日頃、何かれとなく実直な慎一郎が作り話をしているとも思えず、その話を聞いた段階で、友だちの何人かは帰ると言い出しました。

結局、残ったのは、慎一郎とぼくと、もう一人でした。

とりあえず、隣の部屋というのはヤバイということで、母屋の方へ移動しようとすると、さっき帰ったはずの友だちのうち二人が、血相を変えて戻って来ました。

「どうした?」

「出た!出た!」

「何が?」

「病院の入り口の方に、ズブ濡れの女がいたんだ!」

「マジ?」

「本当だよ、あとの奴は逃げた。」

それなりに高い塀で囲まれた慎一郎の家は、母屋の裏の勝手口か、その元病院の正面玄関横の通用口を通らないと、外に出れないようになっていたので、正面にまわった二人はパニック状態で戻って来たわけです。

とにかくすぐに外へ出ようということになり、手近にあった自転車を踏み台に、塀をよじ登った瞬間、確かに、赤ちゃんの泣き声が聞こえて来ました。

すすり泣くような声……

遠くで急ブレーキをかけているような音……

猫の鳴き声……

いろんな風に聞こえましたが、確かに、赤ちゃんの泣き声というのが、一番ぴったりするような音でした。

その時、塀の上に腰掛けるような姿勢になっていたぼくは、確かに、病院の窓に、ガラス越しにこちらを見ている髪の長い女が、何か箱のようなものを持っているのを見たと思います。

そして、ぼくは塀から落ちました。

一瞬、気を失ったんだと思います。

その後、すぐに後から塀を越えて来た慎一郎達に、道に倒れていたぼくは起こされました。

不思議と塀を隔てた外側では、赤ちゃんの泣き声は聞こえませんでした。

それでも、ぼくたちは夜の道をひた走り、とりあえず慎一郎の家からはそこそこ離れて、息を切らして互いを確認し合い、そして、慎一郎を罵りました。

「バカヤロー、こえーじゃんか!アホー!」

などと、皆で慎一郎にあたっていると、慎一郎はポツリと、「うん、怖えな……」と言いました。

そして、さっき見た女を思い出しながら、

「ねえ、赤ちゃんの骨って箱にいれてあんの?」

と、慎一郎に聞くと、

「うん、桐の箱」と答えました。

殴ってやろうかと思いました。

今となっては、いい思い出ですが……?

慎一郎は、その後、高校を卒業すると家族で引っ越し、今は、もうあの洋館のあった場所はコンビニになっています。

そして彼は、家族の期待を裏切り、医者にはならなかったそうです。

(了)

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