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短編 奇妙な話・不思議な話・怪異譚 n+2025

最期の采配 n+

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十年以上も前のことだ。

あれは俺の体験じゃない。けれども、あまりにも妙な出来事だから、こうして人に話さずにはいられない。話してくれたのは昔からの友人で、彼にとっては血のつながった祖父の最期の晩に起きたことだという。

その日、祖父が危篤だと連絡が入り、親族一同が祖父の家に集まった。息も細く、ほとんど寝たきりで言葉を発することもなくなっていたはずなのに、その夜に限って違った。ふいに上体をわずかに起こすと、今までの沈黙が嘘みたいに、はっきりとした口調でしゃべり始めたというのだ。

「〇〇、すまないが今すぐ、●●の◎に行って、花を添えてきてくれんか。今夜中にだ」
「●、わしの遣り残した仕事がある。今すぐ何処どこまで行って、探してきてくれ。泊まりになるだろう」
「◎さん、うちの犬がどうにもおかしい。頑丈な檻に入れて、一晩付き添ってやってくれ」
「〇、この寝床は具合が悪い。違う部屋……〇の部屋に移してくれ。それと風呂を沸かしてくれ。頼む」

順番に、きっぱりと指示を出していったらしい。
誰もが唖然とした。いつもはろくに声も出せなかったのに、急に人が変わったみたいに理路整然と命じるのだ。しかも一人ひとりに役割を与えるように。

戸惑いながらも、家族たちは逆らえなかったらしい。死にゆく人間の願いを無下にできるわけもないし、その口調には妙に逆らえない迫力があった。だから皆、言われるままに動いた。花を供えに出かけた者、遠出して泊まりになった者、犬を連れ出して檻に入れに行った者。祖父自身も言った通り別の部屋に移された。

気づけば夜半、祖父の家にはほとんど人が残っていなかった。残ったのは数人だけで、他は皆、祖父の言葉どおりに出払ってしまった。

そして明け方が近づくころ、祖父は静かに息を引き取った。
誰に看取られるでもなく、最後はひとりで眠るように逝ったそうだ。

だが本当の恐怖は、その数時間後にやってきた。

地鳴りのような轟きがして、あの阪神大震災が襲ったのだ。

祖父が横たわっていた元の部屋は、揺れで棚が崩れ落ちて家具に潰されるような有様だった。そこに残っていたなら、確実に命を落としていただろう。親族が寝るはずだった客間も一部が崩れ、天井が抜け落ちていた。犬小屋は瓦礫の下敷きになっていて、檻に移していなければ助かるはずもなかった。

だが、結果としてその家では一人も死ななかった。
祖父の言葉に従って皆が動いたからだ。犬さえも無事だった。

両隣の家では複数の死者が出たというのに、祖父の家だけは無傷だった。まるで誰かに守られていたかのように。水道が止まったときも、祖父の指示で前の晩に風呂が沸かされていたため、水には困らなかったそうだ。

友人は、祖父が死の間際にすべてを見通していたのだと言った。まるで、最後の力を振り絞って、家族を生かすために采配をふるったかのように。

話を聞いている間、俺はぞっとした。もし単なる偶然だとしたら、あまりにも出来すぎている。だが、死にゆく人間が未来を見通す力を持っていたのだとしたら……それはどんな理屈で説明できるのだろう。

それ以来、友人は祖父のことを「不思議な爺ちゃん」と呼ぶようになったらしい。
けれども俺は、その呼び方にはどこか違和感を覚える。
爺ちゃんはただ不思議だったわけじゃない。むしろ、恐ろしいほどに正確だったのだ。まるで、自分の死と引き換えに家族の未来を保障したかのように。

……それを考えるたびに背筋が冷たくなる。
俺たちは本当に自由に生きているのか、それとも、あらかじめ誰かに導かれて生かされているだけなのか。

答えはわからない。
けれどもあの日、祖父が指示を出さなければ、友人は今も俺の前に生きていなかっただろう。
だから俺はこの話を聞くたびに、ふと考えるのだ。
死にゆく者の最後の言葉を、軽んじてはならないのかもしれない、と。

[出典:222 :本当にあった怖い名無し:05/02/06 18:58:54 ID:dPL/rfZy0]

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