オカルトには興味がある。むしろ人一倍ある。
だからこそ、信じたくない――信じた瞬間、世界のルールが壊れるようで怖いのだ。
そういう性分だから、心霊現象に出くわすたび、まず疑う。
風の音だろう、建付けが悪いのだろう、目の錯覚だろう。
……たとえ、説明しようのないことが起きても。
俺は、幽霊を「信じたい」のではない。「確認したい」んだ。
科学で説明できない現象に出くわしたい。
自分の目で見て、触れて、それでも理屈がつかないものを経験してみたい。
それが願望であり、信じない姿勢の裏返しでもある。
だから、心霊スポットにも行くし、百物語にも参加する。
オカルト板では煙たがられるタイプかもしれない。
でも、自分では誠実な態度だと思っている。
そんな俺に、「憑いてるよ」と言ってきた男がいた。
ネットのオフ会で知り合った六波羅というヤツで、神社の息子らしい。
会ってすぐ、開口一番にそう言われた。
霊感がある自称霊能者なんて、都市伝説と変わらない。
正直、俺は彼を痛いヤツだと思った。
胡散臭い。場合によっては詐欺師の可能性もある。
でも、気になる一言を言ったんだ。
「女が憑いてる。髪が長くて白い。……あれ? 蛇?」
ドクン、と心臓が跳ねた。
誰にも言ってない。けれど、昔から夢に出る女の特徴と一致していた。
白い髪、赤い目。アルビノのような肌。
十七歳くらいで、笑わない、きつい目つき。
白い蛇や、犬と人間のあいのこみたいな化け物に化けることもあるけど、夢の中では常に同一人物として登場していた。
夢の中の“あの女”を、なぜこの男が言い当てた?
さすがに興味が湧いた。
「憑いてるってどういう感じ? 背後霊みたいなもん?」
「いや……もっと個人的。お前に興味があって、張り付いてる。悪意は感じない」
だったら放っておけばいいじゃん、と思ったが、六波羅は首を振った。
「憑いてることに変わりはない。何が起きるか分からないから、一応祓っておいた方がいい。金は取らない」
その申し出を俺は「詐欺だ」と一蹴しかけた。
でも、ただでやるというなら、試してもいいか――
俺はオンボロの軽で、彼の神社へと向かった。
距離にして車で十分ほど、思っていたより立派な神社だった。
案内された本堂で待っていると、六波羅が中年の男性を連れて戻ってきた。
挨拶から察するに、彼の父親だろう。
だが、初対面のその神主は、俺の顔をまともに見ずに、ずっと外を気にしていた。
視線は一点を彷徨い、汗がこめかみを流れていた。
俺の背筋に、嫌な予感が走った。
「なにか、見えるんですか?」
「……強いのが、ついてる。何か……怖い目に遭ってないか?」
「別に……ないですけど?」
曖昧なやりとり。コールドリーディングだと思った。
だがその時――乾いた破裂音がした。
「パンッ!」
紙風船が破れたような音と同時に、焦げたような匂いが鼻をついた。
お香かと思ったが、ツンとした刺激臭。違う。何かが、燃えたような……
神主が焦ったように部屋の隅へ走り、何かを手に戻ってきた。
それは、盛塩だった。斜めに黒い焼け跡のような筋が走っていた。
「……これは……見たことがない。すまない。今日のところは帰ってくれないか」
「え? でも、何が起きたんですか?」
「……説明できない。ただ……私の手には負えない」
食い下がっても無駄だった。
盛塩は、ガスバーナーを当てたみたいに焼け焦げていた。
何かが、そこにいた。俺が連れてきた、何かが。
それでも俺は、幽霊なんて信じない。
演出かもしれない、仕込みかもしれない。
冷めた気持ちを抱えたまま、神社を後にした。
数年が過ぎた。
とくに異変もなく、あの夢の女は変わらず現れる。
ただひとつ変わったのは、彼女の表情。
どんな夢でも無表情だった女が……この間の夢では、マクドナルドの制服を着て、無愛想な店員になっていた。
笑わない。怒りもしない。感情が希薄な、ただ存在している女。
……そして、あの出来事がまた起きたのは、つい一週間前。
廃墟マニアの俺は、心霊スポットとして有名な山奥の廃墟を昼間に訪れていた。
カメラを手に、二階に上がろうとしたときだった。
「いぎゃああああああ!」
男の悲鳴。それも、命の終わりに出るような絶叫。
思考が止まり、次の瞬間には駆け上がっていた。
事件か、誰かが殺されたのか、そう思った。
だが、二階には誰もいない。
三つの部屋を開けても、人気すらない。
おかしい。絶対に、ここから聞こえたのに。
そして、最後に残ったドアの裏側の壁。
そこに、あの時と同じ――斜めに焼け焦げた線があった。
また、あの焦げ臭い匂い。
また、あの「なにか」がいた。
……結局、それだけだった。
誰も死んでないし、俺も怪我ひとつない。
だが、今朝の夢の中で、彼女は言ったんだ。
「静かにして。邪魔なの」
その時の彼女の声は、優しくも冷たかった。
まるで、誰かの口を塞いだような――そんな口調だった。
オカルト的に考えれば、あの女が俺に近づいた霊を……排除した?
でも、それってどういう意味だろう。
俺を守っている? それとも、独占している?
考えても分からない。
でも、今も夢に出てくる。笑わない、白い髪の女が。
信じていない。信じていないけど――
あの盛塩の焼け跡だけは、どうしても、理屈がつかないんだ。
だから俺は、また心霊スポットに行く。
あの女が、次に何をするのか、確かめたくて。
[出典:786 :本当にあった怖い名無し:2012/04/28(土) 23:41:14.57 ID:2WTk7KE20]