これは、ある地方都市に住む立花さん(仮名)から聞いた話です。
十年前、立花さんは結婚したばかりで、地方都市に念願のマイホームを建てました。夫の通勤時間が少し長くなりましたが、将来子供ができた時のことや、飼いたかった犬のための広い庭を考えての選択でした。
新しい家は閑静な住宅街にあり、引っ越しの挨拶回りでは、ご高齢の方々が多く住んでいる印象を受けました。少し厄介そうな人もいましたが、隣には町内会長が住んでおり、「何か問題や困ったことがありましたら、何でも言ってください」と言ってくれたので安心して引っ越すことができました。
町内会長は40歳くらいの若い男性で、障害を抱える息子さんと二人で暮らしていました。彼は在宅でできる自営業をしており、この地域での信頼から町内会長に選ばれたということでした。
しかし、もう一方の隣人はかなりのご高齢で、引っ越して三日ほどで問題が起こりました。そのおばあちゃんは、自分の家の塀に収まりきらない植木鉢を、立花さんたちの家の塀にまで置き始めたのです。夫に相談すると、「まあ、おばあちゃんのやることだし、放置しておけば」とのんびり構えていましたが、猫がその植木鉢を倒してしまうことが頻繁にあり、さすがに困り果てた立花さんは昼間におばあちゃんに話しかけてみました。
「すみませんが、うちの塀に植木鉢が置かれているようですが、猫ちゃんが倒しちゃうみたいで…。うちの塀に置くのはやめてもらってもいいですか?」
すると、おばあちゃんは「知らないよ!そんなこと!」と言い放ち、家の中に入ってしまいました。
その時、後ろから声がかかりました。「どうかされましたか?」と、町内会長が立っていました。事情を説明すると、「ああ、そうでしたか。あのおばあちゃんは気難しくてね。大丈夫、私がしっかり言っておきますから」と言ってくれました。
翌日、塀にあった植木鉢は全て取り除かれており、町内会長にお礼を言うと、「大したことじゃないですから。また何かあれば、何でも相談してください」と返されました。
しかし、それから一週間ほど経ったころ、今度は家の前に犬の糞のようなものが放置されるようになりました。毎朝、家の前に糞が放置されているのはさすがにうんざりしました。夫と相談していると、インターフォンが鳴りました。町内会長が立っており、早朝ジョギング中に老婆が家の前をうろついていたことを話してくれました。
夫と顔を合わせ、「やっぱりか?」と話し合い、町内会長に事情を説明すると、「前の言い方がまずかったかな…。すみません、私の方から厳しく言っておきますので」と言ってくれました。
夫は「いえ、いえ、毎度申し訳ないですから、私たちで直接話します」と言いましたが、町内会長は「あのおばあちゃんは扱いが難しいんで、慣れている私がうまく言った方が円滑に進みます」と言い、その言葉に甘えることにしました。翌日から糞の放置はなくなりました。
その頃から、町内会長が頻繁に現れるようになりました。
洗濯物を干している時や買い物の帰り、玄関の掃除をしている時など、彼はいつも突然現れて話しかけてきました。話の内容はたわいもないことで、正直うんざりしていましたが、色々助けてもらった手前、無下にすることもできませんでした。
そんな生活が三ヶ月ほど続いた時、インターフォンが鳴りました。
町内会長が息子を連れて立っており、「今度の仕事で打ち合わせに出なくてはならなくて、二時間ほどこの子を預かって欲しい」と頼まれました。気が進まなかったが、トラブルを解決してもらった手前、断ることもできず、預かることにしました。
彼の息子は15歳で、障害を抱えており、一人では待てない様子でした。
彼を居間に通し、テレビをつけてあげましたが、息子は口を半開きにしたまま虚空を見つめていました。息子の長身と無表情が、居心地の悪さを感じさせました。
その後、町内会長が戻り、息子を引き取りに来ましたが、「お子さんはまだなんですよね?女の子だったらいいですね。将来うちの息子と……なんて、ハハハハ」と冗談を言われ、薄ら寒さを覚えました。
その後、再び町内会長が息子を預かってくれと頼んできました。内心うんざりしていましたが、1時間だけということで渋々OKしました。家事をしていると、彼の姿が見えなくなっており、探すと脱衣場で立花さんの下着を持っているのを発見しました。
叫びそうになる気持ちを抑え、「何してるのっ!」と怒鳴りつけると、彼は「あばばば、あばアバズレ!」と信じられない言葉を吐きました。
動転しながらも彼を居間に戻し、町内会長に連絡すると、すぐに駆けつけてきましたが、彼は「「な~んだ、そんな事ですか。だってアバズレでしょ?知ってますよ、私を欲しがってるのを」と言い放ち、立花さんの首と胸を力強く握りしめ、「俺の街のものはみんな俺のものだ。守ってやるからおとなしくしろ」と囁きました。
その恐怖で立花さんはガクガクと震え、その場に座り込んでしまいました。夫に電話すると、すぐに帰宅し、警察を呼びました。しかし、警察が来て町内会長の家に行くと、彼は「息子が暴れて止めようとしたら奥さんにぶつかっただけで、傷つける意図はなかった」と説明しました。
立花さんは愕然とし、夫も警察に伝えましたが、警察は「奥さんには外傷がないし、相手方も反省しているので、また後日話を伺う」という形で帰ってしまいました。夫は「明日会社の弁護士に相談する」と言ってくれ、しばらく家に引きこもることにしました。
翌日、インターフォンが鳴り、恐怖で固まってしまいましたが、無視することにしました。しかし、何度も鳴らされ、静まり返った室内に「バキャー、バリバリ」という音が響き、ガラス戸が割れ、町内会長と息子が居間に入ってきました。
彼は息子の首に手綱のようなものを巻き、無理やり立たせていました。「やっぱりいるじゃないですか」と言い、「昨日はすみませんでした。やっぱりあの事で怒っていたんですよね?」と話し始めました。息子の首を締め上げる度に、彼の口から苦しそうな声が漏れていました。気が狂いそうになり、その場で固まりました。
彼は「今日はそのお礼をしようと思って」と言い、手綱をさらに高く持ち上げました。息子は苦しそうに痙攣し、気を失いました。「やっぱり子供の前だとあれですしね。女の子がいいですよね?」と彼が言うと、「ぎゃああああああああ」と叫びました。彼の言葉を最後に顔面に衝撃が走り、気を失いました。
目が覚めると、立花さんは病院のベッドの上にいました。夫は涙を流しながら「ごめんなー」と謝っていました。後日、夫から説明を受けました。
あの日、殴られた直後に警察が来て、町内会長は暴行の現行犯で捕まったそうです。通報してくれたのは隣のおばあちゃんでした。
後でわかったことですが、植木鉢や糞はおばあちゃんの仕業ではなく、彼がやっていたものでした。おばあちゃんは彼ともめた際に犬を殺されたことがあり(証拠はなく事件にもならなかったが、おばあちゃんには確信があったそうです)、恐ろしくて何も言えなかったのだそうです。立花さんたちが彼とよく話していたため、関わりたくなかったのであんな態度だったようです。
その後、彼の家に捜査が入り、大量の動物の骨や他の事件に関与する証拠が見つかり、懲役8年となりました。彼は立花さんのことを亡くなった前妻の生まれ変わりと証言しており、立花さんは事件の後遺症でPTSDになりました。
買ったばかりの家はすぐに売り払い、実家の近くに引っ越しました。夫も仕事を辞め、地元で再就職してくれました。