短編 怪談

小人が埋まってる#1090

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大学時代、サークルの友人と二人で深夜のドライブをしていた。

思いつきで隣の市のラーメン屋に遠出して、その帰り道に、くねくねと蛇のようにうねる山道を通った。

昼間は何度か通ったことがあったが、夜になると、これが同じ道かと思うくらい無気味な雰囲気だった。

ハンドルを握っていたのは俺だったが、わりとビビリのほうなので、運転を代わってもらったほうが気が楽だった。

しかし友人の山根は、ラーメン屋で勝手に一杯ひっかけていたので、助手席で無責任な軽口を叩くばかりだった。

「ここの峠って色々変な話があるよな」

急に山根が、声をひそめて囁いてきた。

俺は聞いたことがなかったが、『何なに?どんな話?』なんて聞くとヤツのペースだと思ったので、興味ない風を装って、「ああ」とそっけなく返した。

山根はなぜか俯いて、しばらく黙っていた。

二車線だが対向車は一台も通らない。

申し訳ていどの電灯が疎らに立っていた。

無言のまま車を走らせていると、急に大きな人影が前方に見えた気がして一瞬驚いたが、道端に立っている地蔵だと気付いてホッとした。

このあたりに、なぜか異様に大きな地蔵があるのは覚えていた。

その時、黙っていた山根が口を開いた。

「なあ、怖い話してやろうか」

この野郎、大人しいと思ってたら怪談を考えてたな。

と思ったが、『ヤメロ』なんて言うのはシャクだったので、「おう、いいぞ」と言った。
山根は俯きながらしゃべり始めた。

「俺の実家の庭にな、小人が埋まってるらしいんだよ。じいさんが言ってたんだけど。

俺の家、古いじゃん。いつからあるのかわからない、へんな石が庭の隅にあってな。その下に埋まってるんだと。

で、じいさんが言うには、その小人がウチの家を代々守ってくれている。

その代わり、いつも怒っていらっしゃるので、毎日毎日水をやり、その石のまわりをきれいにしていなければならない。

たしかに、じいさんやお祖母ちゃんが、毎日その石を拝んでいるけど、そんな話ってあるのかなあと思って、小学生の頃、病院で寝たきりだった曽祖父に、見舞いに行った時に聞いてみた。

曽祖父も、ちゃんと小人が埋まってると教えてくれた。それも、ワシのじいさんから聞いたと言っていた。

子供にとっては気が遠くなるほど昔だったから、こりゃあ本当に違いないと単純に信じた」

山根は淡々と話し続けた。こんな所でする怪談にしては、ずいぶん変な話だった。

山根は言った。

「小人って、座敷わらしとかさ、家の守り神のイメージあるよな。でも、埋まってるってのが変だよな。俺、曽祖父に聞いてみたんだよ。なんで埋まってるのって」

そこまで聞いた時、急に前方に人影が見えて、思わずハンドルを逆に切ろうとした。

ライトに一瞬しか照らされなかったが、人影じゃなかったみたいだった。

……地蔵だ。

そう思ったとき、背筋がゾクッとした。

一度通った道?

ありえなかった。

道は一本道だった。

「曽祖父はベットの上で両手を合わせて、目をつぶったまま囁いた。むかし、我が家の当主が、福をもたらす童を家に迎え、大層栄えたそうな。しかし、酒や女でもてなすも、童は帰ると言う。そこで当主は、刀で童の四肢を切り離し、それぞれ家のいずこかへ埋めてしまった」

俺は頭がくらくらしていた。

道がわからない。

木が両側から生い茂る景色は変わらないが、まだ峠から抜けないのはおかしいような気がする。

さっきの地蔵はなんだろう。二つあるなんて記憶に無い。

車線がくねくねと、ライトから避けるように身をよじっている。

山根は時々思い返すように、俯きながら喋りつづける。

「それ以来、俺の家は商家として栄えつづけたけど、早死にや流行り病で、家族が死ぬことも多かったらしい。曽祖父曰く、童は福をもたらすと同時に、我が家をこんこんと祟る神様なんだと。だからお怒りを鎮めるために、あの石は大事にしなければならん、と」

「よせ」

「おい、よせよ」

『帰れなくなるぞ』と言ったつもりだった。

しかし、同じ道をぐるぐる廻っているような気がするのと、山根のする話とどうも噛み合わなかった。

最初に言っていた『この峠の色々変な話』ってなんだろうと、ふと思った。

山根は続けようとした。

「これはウチに伝わる秘密の話でな、本来門外不出のはずなんだけど……」

「オイ、山根」

我慢できなくなって声を荒げてしまった。

山根は顔を上げない。悪ふざけをしてるようだったが、よく見ると肩が小刻みに震えているようだった。

「この話には変なところがあって、俺それを聞いてみたんだ。そしたら曽祖父が、おまじない一つを教えてくれた」

「山根。 なんなんだよ。 なんでそんな話するんだよ」

「だから……」

「山根ェ!車の外が変なんだよ、気がつかないのか」

俺は必死になっていた。

「だから……こういう時にはこう言いなさいって。
ホーイホーイ
おまえのうではどこじゃいな
おまえのあしはどこじゃいな
はしらささえてどっこいしょ
えんをささえてどっこいしょ
ホーイホーイ」

心臓に冷たい水が入った気がした。

全身に鳥肌が立ち、ビリビリくるほどだった。

ホーイホーイという残響が頭に響いた。

ホーイホーイ……呟きながら、俺は無心にハンドルを握っていた。

見えない霧のようなものが、頭から去っていくような感じがした。

「頼む」

山根はそう言って両手を合わせたきり黙った。

そして気がつくと、見覚えのある広い道に出ていた。

市内に入りファミリーレストランに寄るまで、俺たちは無言だった。

山根はあの峠のあたりで、助手席のドアの下の隙間から、顔が覗いているのが見えたと言う。

軽口が急にとまったあたりなのだろう。

青白い顔がにゅうっと平べったく這い出て来て、ニタニタ笑い、これはやばいと感じたそうだ。

俺に話したというよりも、自分の足元の顔と睨み合いながら、あの話を聞かせていのだ。

彼の家の人間が危機に陥った時のおまじないなのだろう。

「家に帰ったら、小人にようくお礼言っとけよ」と、俺は冗談めかして言った。

「しかし、お前がそういうの信じてたなんて、意外な感じだな」

と素直な感想を言うと、山根は神妙な顔をして言った。

「俺、掘ったんだよ」

(了)

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