第34話:山道
私がお盆休みで実家に帰省し、そこで古い友達数人と会ったときの話をしましょう。
男は私とあと二人、そうだな、FとGって呼びますね、それに女の子二人の計5人。
私たちは高校時代とても仲の良いグループでした。
久しぶりに会った私たちは、ドライブへ出かけたのです。
行き先はとくに決めていませんでした。
ワイワイ談笑しながら、気の向くまま車を走らせ、いつしか山道を進んでいました。
カーステレオからは何とかという芸能人が他愛もないことを喋くっていましたが、山の中のせいか、だんだん雑音が混じるようになってきました。
少しして、山の中に続く小道を見つけたFが、少し歩こうと提案したので、私は車を道路脇に止めました。
そしてエンジンを切ろうとしたとき、カーステレオの雑音が一際大きく、長く続いたかと思うと、
「帰れ……」
という言葉だけが鮮明に切り出された。
カーステレオはそれきり雑音だけになりました。
声はさっきの芸能人のものだったので、私は気にもとめずエンジンを切りました。
小道はもう長いこと人が通っていないようでした。
もしかしたら、始めから人が通る道なのではなく、獣道か何かだったのかもしれません。
とにかく私たちは興味本位でその道を登っていきました。
先頭をFが、最後尾はGが歩きました。
ところが暫く進んだとき、一番後ろを歩いていたはずのGが付いてきていないことに気付きました。
皆でGの名前を呼んでみましたが、返事がありません。
空が一転かき曇り、雨が降ってきそうな気配。
私たちは急に不安な気持ちになりました。
そこで来た道を引き返し、Gを探しました。
私が先頭を歩く形になりました。
Gは見つかりませんでした。それどころか、車に戻ることもできなかったんです。
道に迷った……
焦った私は、後ろを振り返って驚きました。
最後を歩いていたはずのFまでがいなくなっていたのです。
そのことを女の子達に伝えると、二人とも振り返って驚きました。
「GもFも、どこ行っちゃったのっ!?」
その声は、半分泣き声になっていました。
私は、とにかく車道に出ようと言いました。
どんどん山を下って行けば、車の所には出られなくても、車道には出られるはずでした。
一番後ろを歩いていた女の子が、「私、後ろ歩きたくない」と言いました。
もう一人の子も……
そして、私が一番後ろを歩くことになりました。
一番後ろを歩くのは、正直言って私も怖かった。
それで女の子達を急がせるようにして、私たちは山を下って行った。
その時、私は一つのことを思い出した。
この辺りは江戸時代の古戦場で、この山に追い詰められ退路も補給路も絶たれた兵士たちが、敵の手にかかって死ぬくらいならと、お互い刺し違えて自害した場所なのだ……
私がこのことを思い出したのは、さっきから聞こえている音のせいだ。
ガシッガシャッガシッガシッガシャッ
いくつもの鎧の音が、上から私たちの後を追ってきているのだ。
私は半狂乱で走りました。女の子達を押し倒さんばかりに……
そしてとうとう車道に出ることができました。
その頃にはもう日が暮れていました。
ほんの数十メートル登っただけの山道でしたが、下りる時にはその何倍もあったように思いました。
だが、私はそんなことには構わず、車に向かって駆け出しました。
鎧のガシャガシャという音は、まだ聞こえていました。
FとGのことが一瞬気にかかりましたが、それどころではありませんでした。
私たち三人は走り続けました。
車が見えたとき、これで助かったと思いました。
しかも、車に近づいてみて分かったんですが、運転席と助手席には、いなくなっていたFとGが座っていました。
私は彼らを置いていこうとしていたことに、少し後ろめたいものを感じていたので、ホッとしました。
後部座席に座り込んだ私は、Fに向かって叫びました。
「早くっ!車を出してくれっ!!」
FとGは、前を睨んだままこう言いました。
「逃げられると思ったか……?」
全く別人の声だった。
FとGはそう言って、気を失ってしまいました。
その日、何とか家に帰ることができた私は、実家の祖母からこんな話を聞きました。
あの山に追い詰められた兵士の一団というのは、味方の本隊を逃がすために、時間稼ぎとして利用されたそうです。
そのため、仲間を置いていく人間を許しはしないだろうと。
私は兵士たちの亡霊に試されていたのだろうか……
だとしたら、これで済むとは思えない……
私は最期の言葉を思い出す……
「逃げられると思ったか……?」
[出典:大幽霊屋敷~浜村淳の実話怪談~]