ネットで有名な怖い話・都市伝説・不思議な話 ランキング

怖いお話.net【厳選まとめ】

短編 r+ 奇妙な話・不思議な話・怪異譚

禁じられた部屋の十分間 r+2,503

更新日:

Sponsord Link

小学生の頃、地元の大学がやっていた少年サッカー倶楽部に入っていたことがある。

自慢できるほどの腕前ではなく、昔も今も下手の横好きといったところだ。
けれど、あの時の夏合宿で経験した出来事だけは、いまだに鮮明に覚えている。いや、正確には「忘れられない」と言った方が近い。

夏の山奥。緑が濃く、どこまでも蝉の声が響く。宿舎は大学の施設らしく、造りはしっかりしていて、清潔さもあった。合宿に参加する子どもたちのために設計されたというより、もともと研究用の建物を流用したような、そんな雰囲気だった。
自然芝のグラウンドでの練習は、確かに楽しかった。普段の土のグラウンドとは違い、転んでも膝を擦りむくことはなく、芝生の匂いに包まれながらボールを追いかけるのは新鮮で気持ちよかった。夜は宿舎の一角にある本棚から『ベルセルク』を引っ張り出して読んでいた。小学生にはまだ早い内容だったが、真っ黒なインクで描かれる異形の化け物や血の匂いが、なぜかあの夜の体験と繋がってしまった気がしてならない。

合宿三日目の夜。恒例の肝試しが行われることになった。毎年企画が変わるらしく、その年は「禁じられた部屋に入って十分間、声を出さずに耐える」という趣向だった。
大人になった今考えれば、子どもたちを怖がらせるための仕込みだったのだろう。けれど、小学二年生の自分にとっては、想像以上に恐ろしい遊びだった。

その「禁じられた部屋」は、昼間はコーチたちの休憩部屋として使われていた。畳の六畳間に押し入れがついている、ごく普通の和室だったはずだ。
しかし夜になると様相は一変する。部屋の四隅や襖にはお札めいた紙、吊るされた紙人形。明らかに誰かが手を加えた安っぽい仕掛けだと、今なら笑える。けれど当時の自分は幽霊や呪いの類を強く信じていた。偽物であろうと、形だけで十分に怯えさせられた。

ルールは簡単。「十分間、声を出さず、部屋の中で耐える」。
自分を含めた数人で輪を作り、膝を突き合わせるように座った。コーチが襖を閉める。途端に部屋は外界から切り離された。聞こえるのは夜の虫の声と、誰かの緊張した呼吸だけ。
最初の数分は平穏だった。暗がりに目が慣れ、息を潜めながら耐えていると、不意に押し入れの中から「ドン、ドン」と響いた。畳を震わせるような重い音。心臓が一瞬止まった気がした。

ドンドン。ドンドンドン。ドンドンドンドンドン……。

不規則なリズムで、まるで押し入れの奥に潜む何かが内側から暴れているようだった。頭では「どうせ脅かし役が潜んでいるんだ」と理解していたはずなのに、恐怖は理屈を蹴散らす。背中に汗が伝う。輪を組んでいた仲間の膝が小刻みに震えているのも分かった。

しばらくすると、音は押し入れだけでなく、壁や窓の方からも聞こえ始めた。四方から包囲されるように、叩きつける音が増えていく。
ドンドン。ドンドンドン。ドンドンドンドンドンドンドンドン。
音は次第にリズムを失い、狂ったように壁を殴打する轟音へと変わった。押し入れの襖は今にも破れそうに揺れ、窓の方からはガラスが軋むような悲鳴が漏れた。誰かの喉がヒュッと鳴り、もう一人が泣き出しそうになるのを必死に堪えているのが分かる。声を出してはいけないというルールが、かえって恐怖を倍加させていた。

体感で七分ほど経っただろうか。耳を塞ぎたいほどの轟音の中、突然襖が勢いよく開けられた。音が嘘のように止んだ。
そこに立っていたのはコーチだった。懐中電灯の光に照らされた顔は蒼白で、冗談めかした笑みなど一切なかった。
「逃げろ!」
その一言で我々は蜘蛛の子を散らすように部屋を飛び出した。円陣は崩れ、廊下へ転がるように駆け出す。自分は真っ先に父親のもとへ泣きついた。他の子どもたちも顔を強張らせ、怯えを隠せずにいた。

その夜の肝試しは中止となり、全員が早めに布団へ押し込まれた。寝付けるはずもなく、耳の奥にまだドンドンという音がこびりついていた。
翌朝、恐る恐るコーチに尋ねた。「押し入れの中にいたのは誰ですか」と。
返ってきた答えは意外なものだった。
「誰もいなかったよ。あれは……本当にヤバかった。全員無事で良かった」
それ以上、彼は多くを語ろうとしなかった。

だが考えれば考えるほど、おかしい点がいくつもあった。
あの部屋は廊下の端に位置し、押し入れは隣室との壁に接している。壁は厚く、外から叩いた程度であんな響き方はしない。窓側も同様だ。灯りもない真夜中の山奥に、誰かが外から回って叩けるはずがない。
では、あの四方から襲いかかった轟音は何だったのか。
人が仕掛けた悪戯なら、せめて種明かしの笑いがあるはずだ。だが、あの時のコーチの顔は本物の恐怖に染まっていた。

それ以来、夏合宿には二度と参加しなくなった。仲間は笑って誘ってきたが、断り続けた。
あれから何年も経ち、コーチたちも去り、倶楽部も辞めてしまった。真相を確かめる術はない。
だが、あの押し入れを叩き続けた音だけは、今でも耳の奥で蘇る。夜、布団に潜り、窓の外から風がぶつかる音がすると、無意識に身をすくめてしまうのだ。
あの十分快足らずの出来事が、いまも自分の記憶を蝕み続けている。

[出典:829 :本当にあった怖い名無し:2019/04/17(水) 00:23:50.13 ID:2A6TyC2S0.net]

Sponsored Link

Sponsored Link

-短編, r+, 奇妙な話・不思議な話・怪異譚

Copyright© 怖いお話.net【厳選まとめ】 , 2025 All Rights Reserved.