占い師で生計をたてることを決断した万年係長の小林光男。
長年の夢だった一国一城の主を実現するのはこの時しかない!
ちょうどサラリーマン生活にも嫌気がさしていた事もあり、妻の反対を押し切って脱サラした。
サラリーマン時代は趣味で占いをやっていて、よく人生相談を受けていたし評判もよかった。
だから占い師でも喰っていけるだろうという単純な動機だった。
退職後早々、占い師派遣会社に登録し、ショッピングモール占いコーナーの一角で営業をはじめた。
だが一週間ほど経った頃、実際プロの道はとてつもなく厳しいことが身に沁みてわかった。
お客は当たることを期待して来ているのに、小林の占いはちっとも当たらない。
いくら耳障りのいいことを言ってもマトハズレの占いにお金を払う価値などない。
周りの先輩占い師には列ができているのに、小林のところには誰も立ち寄ろうとしない。
お客は無意識のうちに眩しいオーラを放つ占い師のところへ流れてしまうのだ。
***
やがて……貯金も底をつきはじめた。
小林はもともと人当たりがよく、いつも優しい笑顔で人に接していた。
声もかけられやすく悩みも聞いてくれそうな雰囲気があったからよく相談を持ちかけられていたのだ。
しかし今はもうあの頃のナチュラルな笑顔も消えてしまった。
口角を無理に上げて不自然な微笑でたたずむだけの中年男。
妻に大見得を切った手前、いまさら土方をやるわけにはいかない。
自分の生活もままならない男の発するオーラは貧乏波動そのものだ。
今後のことを思うとお客の相談にのるより自分の悩みを解決するのが先決じゃないか?
……やっと気づいた大事なこと。
その点、お客がこないので考える時間はたっぷりある。
そこで周りの人気のある占い師のやり方を研究してみることにした。
『秩父姉妹』と銘打った看板の下には濃い目のメイクをした二人の中年おばさん。
『秩父の姐御』と『秩父の姉貴』が掛け合いよろしく二人そろって占いをするという珍しいタイプ。
相談者との会話より秩父姉妹同士の漫才みたいな会話のほうが長い。
「姐さんどうおもいます?この人の恋愛線特殊すぎません?」
「そうね、長すぎるし淫靡だし乱れてるわね……どうやら淫乱いやものすごい激しい恋愛体質のようね、一人のカレシじゃ満足できそうもないわね。というか、理性より本能の方が勝ってるから、後先考えず欲望のまま突っ走るタイプよ。野性的ね」
「姐さんさすが、あたしの見立てもおんなじ!二股かけた彼のどっちをとるか?ってそれはムリ、だから両方とも食べちゃいなさいよ、って」
本人を目の前にしながら、他人事のようなトークを繰り広げる。
悪いことも言いにくいこともズバリ!ずけずけ言うニュータイプの占いスタイル。
どうやらそれが人気の秘訣のようだ。
そういえば、これまでお客に嫌われたくない、お客に気にいられようとして、あたりさわりのないことばかり言っていた。
アマチュア占いなら、虎の巻どおり耳障りのいいことを言っておればよかった。
占いなんて、誰にでも当てはまりそうなことを言っておけば当たったと勘違いするという、いわゆる『フォアラー効果』だが、占いの現場では『フォアラー効果』などクソの役にもたたぬ。
趣味の占いとは大違い、お金を払うだけの価値がなければお客は去っていく。
サラリーマン時代の薄っぺらい成功体験を引きずった勘違い野郎ではプロの占い師として生きてゆけないのだ。考えてみれば当たり前のこと。仕事さえやっていれば給料を貰えるサラリーマンとは違うのだ。
そうだ、これからはいいことも悪いこともズバズバ言うようにしよう。
特に悪いこと_死ぬとか、病気になるとか、別れるとか_は、ハッキリと伝えるようにしよう。
かつて地蔵の小林といわれた柔和な男は、生まれ変わったようにビシバシ言う占い師に変わった。
背筋をピンと伸ばして不敵な笑みをたたえた小林のたたずまいに、お客は吸い寄せられるようにやってきた。
小林の自信たっぷりの託宣にお客は恐縮しながら見料を払うようになった。
だが、以前と変わらずちっとも占いが当たらない。
最初は列をつくるくらいの人気ぶりだったのだが、しばらくすると以前のように人気がなくなってきた。
それも当然、占いの腕を磨いたのではなく、ただ単に接客スタイルを変えただけ。
見た目と託宣スタイルが軟派から硬派に変わっただけ。
占いスキルはシロウトのままなのだから……
***
やがて生活もままならなくななった。
サラ金にまで手を出すようになってしまった。
あまりに簡単に貸してくれるので苦しくなるとサラ金で借りることしか考えられなくなっていた。
結局6社のサラ金から借りてしまい、月末になるたび暗い気持ちになっていた。
占い師になってからというもの、妻に生活費を渡せなくなり家賃も滞納するようになってしまった。
あまりに自分勝手な夫に愛想がつきて妻はアパートを出ていった。
妻はパートをしながら独りで生きていくつもりだという。
いざとなれば土方でも皿洗いでもして稼げばいいさと軽く考えていた。
だが、日当仕事では毎月の返済に届かないほどの債務に膨れ上がっていたのだ。
借りる残り枠もない。実質利息だけを払っているような状況になってしまった。
もう俺の人生も終わりか……
死に場所と死に方を真剣に考えるようになっていた。
目の前にいる占い師がまさか死ぬことを考えているとは思わないだろう。
その眼差しはお客の相談に親身になって向き合い未来を見通しているものと映るだろう。
滅多に訪れないお客一人一人に今生の別れを告げるかのように最後の力を振り絞り、時には涙ぐみながら託宣を続けた。お客がこない時間に、小林は目をカッと見開いたまま瞑想状態で過ごしていた。
瞑想の中で死に方の答えが降りてきた。
死ぬ方法、それは断食である。
いつ死ぬかわからないがいずれは死ぬ。死に場所は特に決めてなくていいという天啓も与えられた。
つまり、野垂れ死に・行き倒れだ。これは、占いの神様からの託宣にちがいない。
死ぬまで生きられる……そう思うと小林は急に心が安らかになった。
死に様を決めた小林の顔は地蔵さんのような柔和な顔になっていた。
邪気の抜けた清らかな顔だ。
と、そこへ会社帰りらしき一人のOLが現れた。
椎名久美子は、緊張した面持ちで口を開いた。
「あのぉ、お願いしてもいいですか?」
「はい、どうぞ」
「失礼します。会社の先輩から聞いてきたんですけど、蒼龍先生の占いはよく当たるって言われて……」
「え? あ、あそうですか。それはありがとうございます」
小林は少し動揺したが、すぐにそれを悟られまいとして平静を装った。
というのは、先生と呼ばれたのが今回が初めてで、また自分の占い師としての名前を失念していた。
それに、占いが当たるというのは何かの間違いか、あるいはお世辞で言ってるのではないかと疑ったからだ。
まあ、お世辞でもなんでもいい、この世の最後のご奉公として誠心誠意魂込めて託宣をさせていただこう。
「で、どんなご相談ですか?」
「はい。今、好きな人がいるんですけど、結婚できるかどうか観ていただきたいんです」
「わかりました。それではここにあなたとお相手の、名前と生年月日を書いてください」
「それから、彼の性格とか、財運とかもお願いしたいんですけど」
「そうですね。結婚を考えているわけですから大事なことですよね」
「それで先生、良いことは言わなくていいですから、悪いことだけ言ってください」
久美子の強い目ヂカラに圧倒されるようだった。
まあ、自分の占断スタイルだから悪いことだけ言うのはやぶさかではないが、これまでこんな注文をつけてきたお客はいなかった。その表情から真剣な相談というのは間違いないだろう。
「先生、実は彼には、奥さんがいるんです……」
「なるほど、それで悩んでいるわけですね」
「いいえ。悩んでいるんじゃありません。私、絶対彼と結ばれたいんです。彼の奥さんのこともよく知っています。でもあの人、彼に愛情なんてありません。だから彼が可哀想で可哀想そうで……」
お上品で可憐な顔をしながら想いの内は略奪愛に燃えさかる女。
そんな久美子を焦点の合わない半眼の目で観察しながら、ふと古今亭志ん生の落語を思い出した。
『女はちょいと見るてぇと大変きれいでいいけれども、どうも腹の中はよくねぇ!
外面如菩薩 内面如夜叉(げめんにょぼさつ ないしんにょやしゃ)という、
顔見ると菩薩のようにきれいだけれども……え~、腹の中は鬼か蛇だ、と言う事を……
お釈迦さまがそう言ったんですよ、こりゃぁ!……あたしに苦情いってきちゃってもしょうがない』
それに比べたら、見た目もやることも下品なおばちゃんのほうがまだ可愛い。
スーパーで賞味期限が新しいものを堂々と奥から引きずり出すおばちゃんたち。引きずりだしてかき回してそのまんま。そんな、本能に正直なおばちゃんが、久美子から相談を受けたらきっとこう言うだろう。
『あんた、そんな自分勝手なことやめときなさいよ。ね?ひとんちの家庭を他人のあなたがひっかき回しちゃいけないでしょ!』
正義を振りかざしキレイゴトや正論めいた、そんなノウガキなんぞ詐欺師でも泥棒でもタヌキオヤジにだって言える。色恋沙汰なんてお釈迦様の時代から変わらないんだから、不倫がいいとか悪いとかの問題じゃないんだ。物事の本質はもっと深いところにある、だから高い次元から見つめなければならないのだ……
小林は占断モードに入りながらそんなことを考えていた。
おせっかいおばちゃんのようなアドバイスにならないためにも、自分の主観を交えず占いの神様から降りてくる託宣を心がけねばならないのだ。
「それでは、占断結果をズバリ!お伝えします。
まず、彼の性格ですが、とても頑固で自己中心的で人のいうことなど聞きません。いつも周りと比較して、自分の方が優れているという優越感を持っています。あなたへの愛は単純に肉体的なもので純粋な愛ではありません。つぎに財運ですが、稼ぐ力もなく生活力もありません。ヒモみたいな人です。財運はとっても悪いです。彼と一緒になったらあなたがとんでもなく苦労しますよ?
だから、結婚しないほうがいいという結論になるわけですが、結婚するしない、あるいは離婚するしないは、当人の意志ですから、神様もどうしようもありません。
ただ、磁石のようにS極とN極が引き合うのが自然の道理ですから、実際に引き合う力が弱ければ一緒になる可能性は低いですし、逆にお互い強力に引き合っているなら第三者が引き離してもまたくっつきます。
そういう観点からお二人の磁力というか引き合う力、一般的には相性といわれているものですが、それを観ると、結びつこうとする力はとても弱いです。
なので、ズバリ!二人は結婚できません」
小林は正真正銘、命をかけて言い切った。
久美子の方に目をやると、落胆しているような表情にも見えるが、奇妙なことにうっすらと口元に笑みを浮かべているようにも見えた。
いずれにしても無表情のまま見料の支払いを済ませると、震えるような声で「ありがとうございます」と言って深いお辞儀をしてから立ち去っていった。
***
今日で一週間か。ああ、あとどれくらいで俺の命は尽きるのだろうか。
お釈迦さまとかイエスさまは40日間断食をしたそうだから、凡人の俺は半分の20日くらい命が持てばまあいんじゃないかな?だからあと10日くらいは生きていけるだろう……
3日くらいは飢餓感がそうとうきつかったが、一週間もたつと食べなくてもずーっと生きていけるんじゃないかという感覚になった。
占い師が占いの最中、スーッと死んでいくのも粋だよなあ、なんてそんな妄想をしているときだった。
勤め帰りの久美子が、同僚と思しき数人のOLたちを引き連れて押しかけてきた。
うわ、結婚できないといわれたことを逆恨みしてお礼参りに来たのか?
それにしてはとびっきりの輝く笑顔だ。同僚たちも笑顔をたたえている。
え?かえって怖い。ニコニコしながらビンタをぶちかますのかも?
外面如菩薩 内面如夜叉……
こわい。
久美子が目の前に立ちはだかると、眩しい八重歯を覗かせながら言った。
「先生、先日は本当にありがとうございました。お陰で彼と一緒になること決まりました。昨日奥さんと別れたそうです」
「え?お、おめでとう、それはおめでとうございます」
「やっぱり先輩のいうとおりでした。先生にみていただいて本当によかったです」
「そうなんですか。それで先輩からどんなことを聞いていたのですか?」
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「悪いことが絶対当たらない占い師」
(了)