今から五年前、高校生だったころの話。
俺の家は教会で、親父が牧師をやっている。ただ、俺自身は当時それほど真面目にキリスト教を信じていたわけではなかった。しかし、その後の経験がきっかけで、多少なりとも信心めいたものを持つようになった。その出来事について書くことにする。
夏休みの間、俺は外出せず、ひたすらゲームばかりして過ごしていた。外の暑さに耐えられず、一週間ほど一歩も外に出ない日が続いたこともあった。しかし、ある日、仲の良かった友達と近所の神社の縁日に行くことになった。
うちは教会で、当然キリスト教だから、他の宗教の祭りに遊びに行くのは好ましくない。ただ、俺の親父は子供心を理解していて、「良くないことだというのだけ分かっていればいい」と言って許してくれた。
その縁日では、友達たちと高い屋台で焼きそばを食べたり、浴衣姿の女友達も連れて公園で話したりと、楽しい時間を過ごした。その場には六人ほどいて、その中には親友の貞二と、その兄の真一(大学生で、子供のころから仲が良かった)がいた。真一が「肝試しをしよう」と言い出し、俺も乗ることにした。実は俺自身、オカルトが好きで、廃墟探検に出かけたりもしていた。ただ、その日は女の子も一緒だったことが特に魅力的だった。
結局、場の半数(俺、貞二、真一)が賛成し、全員で肝試しに行くことになった。真一が運転する車で向かうことになったのは、俺の家から小さな山を越えた市内の外れにある場所だった。そのあたりは人家が少ない山間地で、俺の母親が「気持ち悪い」と言う場所でもあった。ただ、怪談などの具体的な話は聞いたことがなかった。
車内で、俺は真一に、なぜその場所に向かうのか尋ねた。真一は、祖父から聞いた話を語った。
「この間、じいちゃんから『たらちね山の中に廃屋がある』って話を聞いた。場所を教えてもらえなかったけど、何度か探しに行って、一昨日ようやく見つけたんだ。」
なるほど、肝試しとしては悪くないと感じた俺は、不安そうな女友達をからかいながら、車が目的地に着くのを待った。
車は十分ほど走り、真一が「ここからは歩くぞ」と言って停まった。そこは舗装もされていない山道で、車が停められる場所からは人二人が並んで歩ける程度の細い道が続いていた。俺もこの山に来たことがあったので道自体は知っていたが、たしかにこんなところに広がったスペースがあるのは不自然だった。真一が藪をかき分けると、その奥に無造作に石で組まれた階段が現れた。
「ここだ。見えにくいけど、ほら階段があるだろ?」
そう言って、俺たちは懐中電灯を頼りに縦一列で階段を上り始めた。夜で足元が暗く、歩くのに手間取ったせいで、真一が「すぐに着く」と言っていた廃屋まで三十分近くかかった。ようやく息を切らしながらたどり着いた先には、林が切れた小さな空間が広がっていた。
「ほら、あそこだ。見えるか?」
真一が指差した先には、日本家屋のような建物が見えた。近寄ってみると、それはほとんど残骸に近い廃屋で、屋内に入ることなどとてもできない状態だった。期待外れの廃屋に少し落胆したものの、「なぜこんな場所に一軒家が?」という疑問に興味をそそられた。
だが、それ以上に異様だったのは、その場の雰囲気だった。周囲には説明しがたい嫌な感じが漂っていた。例えるなら、水の中に砂糖を溶かした時のような、透明な何かがうごめいているような感覚。俺は背筋に嫌な寒気を感じながら周囲を見回していた。
その時、近くにいた女友達が半泣きの声で俺を呼んだ。彼女が見ていたのは、廃屋の正面、石垣にある表札だった。木板は腐っていて名前は読めなかったが、そこに書かれていた住所が異様だった。
『▲▲村●● 1-1(番地は適当)』
市名の部分は俺たちが住む町だったが、問題は●●の部分。「呪」と書かれていたのだ。
「やばいだろこれは……」そう呟く俺に、真一は祖父から聞いた話を語り始めた。
真一によると、その地域には昭和初期まで一族が住んでいたらしい。その一族は独特な宗教を信仰し、呪術を用いた占いやお祓いをしていたが、次第に人が亡くなり、最後には誰もいなくなったという。現在、その一族の住居の多くは道路や宅地に変わったが、一部は今でも山中に残っているとのことだった。
「俺も『呪』なんて住所のことは知らないし、一昨日見つけたときもこんなところまで確認しなかったからな。帰ったらじいちゃんにでも聞いてみるか。」真一がそう言ったが、俺はますます嫌な予感がしていた。
「ここやばいって。遊びで来ていいような場所じゃない。」そう訴える俺の言葉を聞かず、真一と貞二は「せめて一周してから帰る」と譲らなかった。仕方なく全員で廃屋の裏に回り込んだ瞬間、俺は全身の毛が逆立つような感覚に襲われた。
目の前には小さな濁った沼があった。その場の空気が一変し、低くうめくような声がどこからともなく聞こえてくる。「この沼、絶対にやばいって!ほら、帰ろう!」俺が怯え切った声を上げると、さすがに貞二も真一も納得したのか、全員で急いでその場を離れた。
山を降りる途中も、車に乗って帰る途中も、俺にはずっと低い声が聞こえ続けていた。気を紛らわせるためにわざと大きな声で他愛ない話を始めたりしたが、その声は一向に消えなかった。
俺が家に着くと、玄関を上がったところでテレビを見ていた親父が振り返った。「おー、遅かったな。縁日で何か食ってきただろ?晩飯あんまり残ってないけど、食いたかったら冷蔵庫の中な。」
「いや、いい。腹減ってないや。」と答えると、親父は突然「ちょっとこっち来い」と言って、俺を教会へ連れて行った。
教会に連れて行かれるのは、いつも大事な話や説教のときだったので、少し緊張しながら親父に尋ねた。「何か話があるの?」
すると親父は真剣な表情でこう切り出した。「お前、縁日に行ったんじゃなかったのか?」「行ったよ。」俺が答えると、親父は続けた。「じゃあそれ、どこで拾ってきた?」
何を言っているのか分からずにいると、親父は静かに言った。「お前なら気づかないはずがない。どこか変な場所に行ったんじゃないのか?」
俺は廃屋でのことを正直に話した。話を終えると親父は黙ったまま考え込み、そして言った。「お前、声が聞こえる以外に何かあるか?見えるとか、気分が悪いとか、どこか痛いとか。」
「いや、声だけ……」俺が答えると親父は頷き、「なら大したことない」と言いながら俺の頭に手を置いて祈り始めた。祈りの途中、親父は異言を口にした。不思議な巻き舌の発音だったが、それが終わると、不気味だった声は聞こえなくなっていた。
親父は「明日、廃屋に行った友達全員をここに連れてこい。他の子にも何か憑いているかもしれない」と言った。
次の日、昨晩一緒に廃屋に行った友人たちに事情を話し、教会に集まってもらった。全員が集まると親父は険しい表情で言った。「悪霊がいる。お前は来なくていい。それから、怖がるな。」それだけ言い残して教会へ向かい、祈りを行った。
しばらくして、祈りが終わった親父と女友達の裕美が居間に戻ってきた。「もう大丈夫なのか?」俺が聞くと親父は頷き、「もうあの廃屋には行くな」とだけ言った。裕美に何が憑いていたのかの説明はなく、件はそれで終わった。
その後、真一が祖父に「呪」という地名について聞いたところ、それは昔、一帯が「呪い」と呼ばれていたことに由来していたらしい。その一族は独自の番地を作り、家々に表札を掲げていたというが、詳細は不明なままだ。
親父との会話で印象深かったのは「悪魔がやる最大の攻撃は、『悪魔なんていない』と思わせることだ」という言葉だった。神を信じなくなった人間ほど、悪魔に狩られやすいという。霊的な存在を否定するのではなく、「いるけど怖くない」と思えることが大事だと語った親父の言葉が、今も記憶に残っている。
(了)
[出典:150 本当にあった怖い名無し 2007/05/25(金) 05:05:27 ID:YqmY+fAJ0]