今から五年前、俺が高校生だったころの話
150 本当にあった怖い名無し 2007/05/25(金) 05:05:27 ID:YqmY+fAJ0
俺の家は教会で、親父が牧師をやってる。
まあ、俺はそんな真面目にキリスト教を信じてたわけではないんだけど、でも、あの当時にあれを経験してからは、少し信心めいたものを持つようになったかもしれない。
そのきっかけになった出来事を、書くことにします。
夏休み、俺は外にも出ずにずっとゲームばっかやって過ごしてた。
暑い中外に出るなんて考えられなかったから、マジで一歩も外に出ない日が、一週間くらいは余裕で続いたりした。
でも、当時仲の良かった連中とある日、近くの神社の縁日に行くことになった。
うちは教会で、教会はもちろんキリスト教だから、他の宗教の祭りに遊びにいくのは良くないんだが、その辺子供心をよく理解してくれてた親父は、
「良くない、ということだけわかってればいい」と言って、俺がそういうところへ遊びに行くのも許してくれた。
そんなこんなで、友達たちと縁日へ遊びにいき、アホみたいに高い屋台で焼きそば食べたり、浴衣で来た女友達とか一緒に連れて、近くの公園でだべったりして遊んだ。
その場には六人くらいいたんだけど、その中で親友の貞二とその兄真一(大学生でガキのころから仲がいい)がいて、何を思ったか、「肝試しをしよう」と言い出した。
俺は生まれた時から教会の中で育って、そういった霊的な世界の話もよく聞かされてきたから、結構オカルトとか好きで、同じような趣味の貞二と真一と、三人で廃墟に遊びに行ったりしたこともあったりするんだが、そのときは女の子と肝試しという状況に惹かれて(笑)俺はそれに賛同した。
その場の半分の人間(俺・貞二・真一)が賛同したために、結局全員肝試しに同意して、真一が運転する車で、ある場所へ出かけることになった。
そのある場所ってのは、同じ市内の少し離れたところにある地域で、俺の家からだと小さな山を越えた、その裏側にあたる。
その辺りは山間のため、そんなに人家は多くなかった。
そこは、霊感のあるうちの母親が、「あそこは気持ち悪い」といつも言っているような場所だから、おそらく何かあるんだろうな、とは俺も思ってる地域だった。
ただ、曰くつきの怪談とか、そういうのは聞いたことがない。
俺は真一が何でそこに向かうのか、最初から疑問だったので聞いてみた。
真一が言うには、
「この間じいちゃんから、『たらちね山の中に廃屋がある』って話を聞いた。 場所を聞いたけど教えてくれなくて、それで何度か探しに行ったんだが、一昨日ようやく見つけたんだ」
ということだった。
なるほど、まあ肝試しとしては悪くない。
俺はそう思い、すでに不安そうな顔をしている女友達をからかったりしながら、車がそこへ到着するのを待った。
十分ほどで車が停まり、真一が「ここからは歩くぜ」と言って降りた。
まあ、地元の人間でも知らなくて、しかも真一が何度も探しに入らないと見つからないような廃屋だから、車では途中までしか行けないことは頷けた。
そこは舗装もされてない山道で、路肩の少し広がったところへ車を停めると、もう人二人が並んで歩くくらいの幅しかないような細さだった。
俺も何度かこの山には来たことがあるから、この道自体は知っていたけど、なるほど、たしかにここから山に入っていった先に廃屋があるとすれば、こんな意味不明なところで道幅が広がっているのも納得できた。
「ここ。ほら、藪で隠れて見えなくなってるけど、階段があるだろ?」
真一が鬱蒼と茂った草を掻き分けると、そこには無造作に石で組まれた階段……
どうやらここから、山中へ上っていけるようだった。
こんなんよく見つけたな、と思いつつも、俺たちは縦一列に並んで上り始めた。
夜で足元がわからず、懐中電灯の光で何とか目を凝らして進むため、真一の話ではすぐに着くはずの廃屋までは、案外時間がかかった。
三十分弱ほど夜の山中を歩き、そろそろ息も上がってきたころ、真一が立ち止まって指差した。
「あれだ。あそこのすこし開けたところ……見えねえか?」
見ると、たしかに林が切れた少し先に、建物らしきものがある。
石垣に囲まれて、それは典型的な日本家屋のように見えた。
ようやく辿り着いた廃屋に近寄ってみると、そこは廃屋と言うよりは残骸に近く、中に入ることなんてとてもできないようなものだ。
いささか期待はずれの廃屋に落胆しつつも、なんでこんなところに一軒家が……
という不思議な状況に興味をそそられる。
それと同時に、なにか異様な雰囲気が、この場を渦巻いているような気がした。
例えるなら、水の中に砂糖を溶かした時の、陽炎のようにゆらゆらと糖分が溶け出す感じ?透明の何かが蠢いているように思えた。
嫌な場所だな……そう思いながらも辺りを見て回っていると、一緒に来ていた女の子が半泣きの声で、一番近くにいた俺を呼ぶ。
女の子が見ていたのは、家屋の正面、石垣のところにある表札だった。
名前は木板が腐ってしまっていて読めないが、そんなことよりも背筋を寒くしたのは住所だった。
『▲▲村●● 1-1(番地は適当)』
のように書かれているその▲▲の部分は、俺たちの市の名前だったが、問題なのは●●の部分……
懐中電灯に照らされたそこには、『呪』とあった。
おいおい、やばいだろこれは……そう思った俺は、すぐに真一に、ここは一体何なのか問い質した。
「この家なんなの?この辺住所で『呪』なんて地名聞いたことないし、洒落になってねーよ」
俺に言われて、真一は爺さんから聞いたという話を語り始めた。
以下、さすがに細かくは覚えてないので要約だけ書く
・この近辺は真一の爺さんが子供だったころ(昭和初期)、ある一族が何世帯か住んでいた。
・その一族は何か独特の宗教のようなものを信じていて、その宗教の呪術の類を使って、占いやお祓いなんかをしていた。
・しかし、その一族の人間は次々に死んで、最後には誰もいなくなった。
・その一族の住居は、大半は戦後の宅地開発で付近の道路や宅地に変わってしまったが、今でもこの山の中にいくつか残っているらしい。
というようなことだった。
「だから俺も、こんな気味悪い地名のことなんてわからん。一昨日見つけた時は、こんなとこまで見なかったからな。帰ったらじいちゃんにでも聞いてみるか」
「そうか……でもなんかここやばいって。遊びで来ていいような場所じゃない気がする」
実は俺は、雰囲気くらいでなら霊を感じられる程度の、ごく弱い霊感ならあるんだが、この場の雰囲気が、どんどん気持ち悪くなっていっているような気がしていた。
俺は帰ろうと提案したんだが、貞二と真一はせめてこの家を一周見て回ると聞き入れず、運転者の真一がいなければ帰れない俺たちは、しぶしぶそれに同意した。
そしてみんなで一塊になるようにして、家の裏に回りこんだ瞬間、俺は全身の毛がぞくぞくぞくっ!!と逆立つような感覚に襲われた。
目の前には小さな濁った沼があった。
やばい!!ここはやばい!!
空気だけで、明らかに危険な何かがいることがわかった。
どこからか、おおおおぉぉぉぉおぉぉ……とか、ううぅぅぅぅ……とかいった低い声も聞こえてくる。
「この沼絶対にやばいって!ほら、帰ろう!!つーか、俺一人でも帰るからな!」
俺が余りにテンパるので、情けないことに一緒にいた女の子まで、「大丈夫……?」と俺を心配しだす始末。
でもそこまでなって、ようやく貞二も真一もわかってくれたのか、俺たちはすぐに山から降りて、真一にそれぞれの家まで送ってもらった。
山から降りても、車に乗ってる最中も、ずっとさっきの声が聞こえていた。
苦しそうなうめき声とはちょっとちがう、感情も何も感じない、ただ低い声。
俺はわざと大きな声で全然関係ない話を始めたりとかして、気を紛らわせた。
俺を家まで送って、別れるときに貞二と真一は、
「お前は来ないだろうけど、俺たち今度もう一回あそこ行ってみるわ。何か面白いものあるかもしれんし」
などと言って笑っていた。
俺は「あそこはやめたほうがいい」と再度忠告したが、でも結局行くんだろうな、とは思っていた。
貞二たちの車を見送って家に上がる。
声はまだ聞こえる。
玄関を上がって居間に入ったところで、テレビを見ていた親父が振り返った。
「おー、遅かったな。縁日で何か食ってきただろ?晩飯あんまり残ってないけど、食いたかったら冷蔵庫の中な」
「いや、いい。腹減ってないや」
「そうか。じゃあちょっとこっちこい」
そういうと親父は、俺を生活に使ってる家の隣に建つ教会へと連れて行った。
大体親父に教会の方へ連れて行かれるときは、大事な話があるときか、説教されるときだったから、俺は何かやらかしたかなと心当たりを探りながらも、少し緊張しながら切り出した。
「それで、なに?何か話があるとか?」
俺が聞くと、親父は並んだイスに座りながら、真剣な顔で言った。
「お前、縁日に行ったんじゃなかったのか?」
「いや……縁日行ったよ」
「じゃあそれどこで拾ってきた」
「それ?……何が?」
「お前なら何も感じないはずがないだろう。どこか変なところに行ったんじゃないのか?」
この声のことか……
そう悟った俺は、縁日の後に行った廃屋のことを正直に話した。
たぶん怒られるだろうな、と思っていたが、親父は俺の話を終始黙って聞き、俺が話し終わったあともしばらくは何も言わなかった。
「で、俺何か憑かれてるの?悪霊とか?」
(※キリスト教では、あくりょうではなく、あくれいと読む)
「憑いてる。まあ、しょうもない霊はうちに入る前に逃げてくが、これは少しは根性あるかもな」
「大丈夫なん?」
「声が聞こえるほかに何かあるか?何か見えるとか、気分が悪いとか、どこか痛いとか」
「いや、声だけ……」
「なら大したことない。ほら、祈るからこっち来い」
そう言って親父は俺をそばに寄らせると、俺の頭に手を置いて祈り始めた。
最初は日本語で祈っていたが、途中から異言に変わった。
(※いげん:聖霊を受けた人が語る言語。その人の内の聖霊が語りだすらしい。その言葉は本人にさえ何を言っているのかわからず、必ず本人が知らないどこかの国の言語か、天使の言葉を話す。親父の異言は、なんか巻き舌っぽい発音だ)
さすがに聞きなれた親父の異言だけに、不思議な安心感が俺を包む。
祈りが終わったとき、ずっと聞こえていた声は消えていた。
「明日、その廃屋へ行った友達を全員連れて来い。他の子にも何か憑いてるかもしれん」
夏休みだったから、みんな集まれるはずだったので、俺は素直にそれを承諾した。
親父は特に、一緒に行った女友達のことを心配していた。
貞二や真一のように、まったく怖がってない人間はそんなに危なくないらしい。
そういう態度が、逆に霊のちょっかいを呼ぶこともあるそうだが、その程度で機嫌を損ねるような霊は小物で、そんな霊には、それこそ幻聴や幻覚、悪夢、不安なんかを引き起こすくらいしかできないそうだ。
そういう意味で、怖かったであろう女友達のほうが心配だし、何より、女は男より霊的攻撃に晒されやすいらしい。
これは聖書の創世記で、サタンが善悪を知る木の実を食べさせるために騙したのがエヴァで、そのエヴァに勧められてアダムもそれを食べてしまう、というエピソードに象徴されているそうだ。
だから、男は女に弱く、女は悪魔に弱いと。
俺は親父からそれを聞いて、さすがに女友達のことが心配になったが、思い返すにそんなに様子がおかしかった記憶はないから、大丈夫なんじゃないか……
そんなふうに思っていた。
次の日、俺は昨晩廃屋にいった面子に事情を話して、教会に集まってもらった。
全員集まったので親父を呼びに行くと、すでに親父の表情が険しい。
「悪霊がいる。お前は来なくていい。……それから、一つだけ言っとく。怖がるな」
それだけ言うと、親父は教会の方へ向かっていった。
とりあえず、居間で何もせずにぼーっとしていると、貞二と真一、それから昨晩一緒に行った祐輔と麻里がすぐにやって来た。
「どうだった?」
俺が聞くと、貞二がこわばった顔で、「裕美に何か憑いてるらしい。俺たちも追い出された」
「裕美ちゃんが?昨日は何ともなさそうだったのに」
俺が不思議がると、麻里が涙目で言い出した。
「それなんだけど、何ともなさそうだったのが、今にしてみれば逆に変な気がしない?裕美って結構怖がりだし、最初肝試しに反対してたのも裕美だった……車の中でもずっと不安そうだったし……」
それを聞いて、俺はあの廃屋でのことを思い出した。
家の裏の沼で俺が立ちすくんだ時、俺を気遣ってくれたのは裕美だった。
「大丈夫……?」
そう言って、彼女は少し笑っていた。
あの状況で、あの裕美が笑う……?
あの時既に、裕美に悪霊が憑いていたとしたら……
俺は背筋が寒くなって、
「親父が怖がるなって言ってた。とりあえずあんまり考えるのやめにして待とうぜ」
みんなに(半分以上は自分に)そう言い聞かせて、親父と裕美が出てくるのを待った。
どれくらいの時間が経っただろう。
気まずい沈黙が流れて、その気まずさも麻痺してきたころ、ようやく親父と裕美が居間に現れた。
「……もう大丈夫なの?」
みんなが二人に注目する中、親父が黙って頷いた。
「みんな、もうその廃屋へ行くのはやめとけ。怖がる必要はないんだ。でも、わざわざ行くこともない。ほら、防弾チョッキを持ってるからって、わざわざ自分で自分を撃ってみたりしないだろ?それと同じだ」
裕美に憑いていたのが何だったのか、そういった説明は一切せずに、親父はそれだけ言ってみんなを帰した。
たぶん裕美には、直接教会の中で何か話したんだと思う。
その件は、それで終わった。
その後何かあったかというと、拍子抜けするほどに何もない。
ただ、真一が爺さんに、あの『呪』という地名のことだけは聞いたそうだ。
それによると、当時その一帯は『のろい』と呼ばれていたらしい。
正式な住所・地名ではなく、通称のようなものだったらしいが、そこに住んでいた一族は、番地のようなものまで作り、それぞれの家に『呪1-1』のような感じで、表札にしていという。
その一族が何で死んだのかとか、そういう核心の部分は全くわからない。
後日談
久しぶりに親父と当時のことを話した。
その時の会話で印象深かったことを、最後に書いとくことにする。
「結局さ、裕美ちゃんに憑いてたのは何だったの?」
「んー、まあ悪霊だ。下っ端だけどな」
「悪霊って、あんなたらちね山なんかにいるもんなのか……」
「いるよ。至るところにいる。そして、俺たちを地獄へ引きずり込もうと狙ってる」
「引きずり込む……つまり、取り憑いて殺すってこと?」
「いや、そんな効率の悪いことはしない。そんなことしなくても、人間はいつか死ぬだろ?放っておけば死ぬんだから、わざわざ殺す必要はない。奴らにとって、よっぽど恐ろしい霊的権威をもった人間じゃなければな」
「じゃあ、どういうこと?」
「神から離反させることさ。そうすれば地獄へ落ちる」
「つまり、人間をたぶらかして罪を犯させるとか、そんな感じか」
「まあそれもあるけど…… なあ、悪魔がやるもっとも典型的で、それでいて現状もっとも成功している、人間への最大の攻撃って何かわかるか?」
「最大の攻撃……?何?」
「悪魔なんて、霊なんていない。そう思わせることだ。そうすれば、人は神を信じない。神から離れた人間ほど、狩りやすい獲物はないからな」
俺はそれを聞いてゾッとした。
そんな人間、今の世の中腐るほどいるからだ。
「だから大事なのは、霊の存在を否定することじゃない。『いないから怖くない』じゃなくて、『いるけど怖くない』。そう思えるようになったら、お前も半人前くらいにはなるだろな。まあ、別にお前に牧師を継げなんて言うつもりはないけどな」
以上が俺の体験です。
心霊現象としては大したことは起こってないし、肝心のその一族に関することはほとんど分からず仕舞い。
(了)