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小さな木造の家だった。

外から見れば、ただ古びただけの一軒家で、近所に並ぶ家と何一つ違わなかった。玄関の引き戸は軽く、軋む音もなかった。中に入るまでは、そこが特別な場所だとは誰も思わない。

家の中は静かだった。音がないというより、音が外へ出ていかない感じがした。空気は重く、息を吸うと胸の奥で引っかかる。窓はあるのに、光が薄い。壁と天井が近く、視線を動かすたびに行き止まりがある。

父と母は、決まった言葉を繰り返していた。
「学校は危ない」
「外は汚れている」
「ここにいれば安全だ」

声の調子も、間の取り方も、いつも同じだった。怒鳴るわけでも、感情的になるわけでもない。ただ、事実を伝えるように淡々と語る。その言葉を、姉は自然に受け取っていた。母の言葉をなぞり、父の顔色を見て頷く。疑うそぶりは一度もなかった。

僕だけが、外を知っていた。家の外を歩く人の背中や、教室の机の冷たさ、チョークの匂い。どれも危険なものには見えなかった。だから、ある日、言ってしまった。
「学校に行きたい」

その瞬間、家の中の空気が変わった。父は黙り込み、母は深く息を吸った。二人は顔を見合わせ、短く頷いた。
「外を欲しがるのは、影響を受けている証拠だ」

それからのことは、段取りがよかった。僕は窓のない部屋に入れられ、窓は内側から板で塞がれた。釘を打つ音は規則正しく、作業のようだった。食事は置かれ、声はかけられた。閉じ込められているというより、管理されている感覚だった。

日が経つにつれ、父と母は「戻す」ことに熱心になった。祈りの言葉を唱え、僕にも復唱させた。うまく言えないと、やり直しになった。叩かれることもあったが、罰というより調整に近かった。こちらの反応を確かめるような手つきだった。

最初に病院へ運ばれた時、僕は混乱していた。白い天井と強い光、消毒液の匂い。そこでは誰も、僕を正そうとしなかった。名前を呼ばれ、水を飲まされ、手を握られた。それが正しいことなのか分からなかったが、声が途切れないのが怖くて、僕は話し続けた。

看護師は最初、よく話を聞いてくれた。けれど、日が経つと距離ができた。僕が話を止めないからか、触れようとしたからか、それとも別の理由かは分からない。記録を書く音だけが、やけに大きく聞こえた。

父と母が迎えに来た時、医師は短く説明をした。家庭環境の調整、経過観察、再発防止。難しい言葉が並んだが、結論は早かった。引き渡しは当然の流れだった。

二度目の入院は、一年後だった。痛みの原因ははっきりしていたはずだが、説明する言葉がうまく出てこなかった。話そうとするたび、順番が崩れ、途中で別の記憶が割り込んだ。医師は眉をひそめ、看護師は記録を続けた。誰も嘘だとは言わなかったが、誰も踏み込まなかった。

カルテには、僕の言葉が断片的に残ったはずだ。時間、症状、行動。評価欄には、落ち着きがない、依存傾向、判断力未熟と書かれただろう。それは間違いではない。少なくとも、当時の僕はそう見えた。

最後に父と母が現れた時、病院の廊下は静かだった。担当者は書類を揃え、説明を繰り返した。誰も、家の中を見ていない。見ようとしなかった。

それ以降のことは、記録が途切れている。死亡か、転居か、施設入所か。分類欄のどれかに丸が付いたはずだ。

ただ、どこかの棚の奥に、あのカルテは残っている。
善意で書かれた文字が、整然と並び、誰も間違っていないことを証明している。

昔は、そういう引き渡しが珍しくなかった。
誰も悪くなかった。
だから、誰も助けられなかった。

白い壁は、今も同じ高さで立っている。

[出典:377 :1/2:2008/04/18(金) 21:55:20 ID:n40GOhum0]

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