学生時代、叔父が経営する小さな小料理屋(居酒屋)で手伝いをした。
常連客で、七十代の小菅さんという真っ白な頭のじいさんがいた。
ほぼ毎日、開店の16時くらいから24時くらいまでいる超優良顧客。
現役時代は物書き系の仕事をしてためか、ちょっとクセがあり、他の常連客は挨拶程度のみで、一線を引いていた。
三年くらい前に奥さんが亡くなってから、ほぼ毎日通ってくれているんだそうで、叔父も大切にしていた。(子供はいない)
そんな小菅さんはいつも特等席のカウンター奥で一人でチビチビ飲んでいた。
なんとなくちょっとかわいそうで、俺はわりと話しかけていた。
仲良くなると意外とおもしろく、古く興味深い話なんかも聞けるので、俺はいつのまにか自然と《小菅さん担当》みたいな役割になっていた。
小菅さんがある日を境に、急に来なくなった。
叔父は気にしながらも、
「小菅さん、携帯もってないし、自宅番号も知らんから連絡とれない。そういえば、前にも急に来なくなったことあったなあ。なんだか隣に座った客が気に入らないとかが理由だったかな。ちょっと変わった感じの人だから、ほとぼり覚めたらまた来るだろ。病気とかっていう話は聞いてないからだいじょうぶだと思う」
と言っていた。
叔父からしても、他の客がいない時間帯の話し相手なので態度にはあまり出さないが、かなり気にかけていたようだった。
ある日の開店直後、叔父に買い物を頼まれたので近所のスーパーへ。
戻ってきたときにチャリを置いてる最中、「お客さんいるかな」という感じでなにげに店内をチラっと見てみた。
カウンター奥に小菅さんの姿がいたので、ああ久々だなと。
しかし店内へ入ったら、叔父しかいなかった。
あれ?と思い、「叔父さん、小菅さん来てないの?」と。
すると叔父は「は?まだ誰も来てないよ。なんで?」と真顔で答えた。
今、外から見えたということを話すと、叔父に、「誰か通り過ぎた爺さんでも硝子に映って見えたんだろ~」と言われた。
俺は、いやたしかに小菅さんだったとは思ったが、放置。
それから約二週間後の午後。叔父から「すぐ店に来い」と突然の電話。
急いで行くと、開店準備中の店内には叔父と六〇歳くらいの女性がいた。
誰だこの人?と思ったら、その女性は、小菅さんの妹さんだそうだ。
時々、一人で暮らす小菅さんを心配して家に行くそうで、1ヶ月ほど前に家を尋ねたときに小菅さんが倒れていたとか。
それで小菅さんはそのまま入院して息を引き取ったと。
その後、妹さんが遺品整理をしていたら日記が出てきて、それを読んでいたら、店で飲んでることばっか書いてたらしい。
それで妹さんが店を探して電話をかけて、挨拶に来たということだった。
日記は少しだけ読ませていただいたが、叔父や俺や、数少ない仲の良い客と何を話して楽しかったとか。
俺のことはけっこう書いてあったので、読んでいて涙が出た。
その日さすがに店は休んで、チビチビと二人で飲んでいた。
少し前に俺が見た小菅さんを、「死ぬ前に来てたのかな」などと話していた。
酔った叔父は、
「小菅さんの特等席は半永久的に使うのやめるか!三年間毎日通った皆勤賞だ!」
と言い出したので賛成した。
そして叔父は《予約席ーRESERVED》のプレートを買ってきて置き始めた。
事情を知っている常連客の人は、その席にリンゴを持ってきたりしていた。
以後、叔父の店には不思議なことがたまにある。
叔父が大好きな演歌歌手や大好きな元プロ野球選手が突然訪れた。
急に雑誌で「飲み屋だが飯が激ウマ」と紹介されたこともあり、それが原因で客足が増え、昼間の営業を再開することとなった。
(以前、昼営業をやった時期があったが、客入りが悪くてやめていた)
最近、俺が客として久々顔を出したときのこと。
若い、子供連れの新しい常連客らしいご夫婦がいた。
まだ四歳くらいの娘さんがカウンターの奥を指さして突然、
「そこに頭の白いおじさんがいるよ!」
と言い出した。
母親があわてて「すいませんこの子時々へんなこと言うんです」と苦笑いで謝っていたら、叔父が「どんな人なの?」と聞いた。
小さい子は「頭が白くてね、こっち見て笑ってるよ」と言った。
叔父と俺は目を合わせた。
俺は鳥肌がたったが、怖くはなかった。
叔父は「頭真っ白っていったら小菅さんしかいないよな! 今そこか、へへへ」と。
すると一瞬、店内の薄暗くしてある電気がブワーっと光が強く、明るくなり、すぐにまた薄暗くなった。
叔父は嬉しいんだか怖いのを隠しているのかわからんけどひたすら「んへへ、へへっ」とだけ笑っていた。
それから叔父は店の片隅に、店内で撮った小菅さんの写真をさりげなく置き、開店前には手を合わせて「今日もよろしく」と言っています。
(了)