知り合いの話。
随分と前のこと、山間の集落にある親戚の家に泊めてもらったのだという。
その親戚は猟師をしていたが、その時は物忌みをして山に入っていなかった。
ヒヒサルを殺してしまったからだそうだ。
日本に狒々がいるのかと驚いて尋ねると、ヒヒサルというのは狒々のことではなく、歳経た古猿が化けた妖怪を指す言葉で、その谷独特の呼び名だという。
ただのヒヒとも、またオニサルとも呼ぶそうだ。
ヒヒは鉄砲で射抜いても死なず、山の獣を食い尽くして最後には自ら滅ぶという。
一種の猿神ともいえるので手を出せずにいたが、集落の赤子をさらったことがきっかけとなり、ヒヒが現れると速やかに滅ぼすことになったらしい。
武器ではヒヒを傷つけることはできないので、滅ぼす時は火を使う。
追い詰めたヒヒに、油を掛けて火をつけたのが彼だった。
山の神を殺したための物忌みと言う訳だ。
ヒヒが死ぬと、山荒れといって獲物がしばらく取れなくなるのだそうだ。
山菜だけの味噌汁をよそいながら、そう教えてくれたという。
狒々の伝承は、「猿聟入」の類話同様、全国にあるようです。
この話、聟殺しの話の類型になっているところも面白いですね。
これは、内容的に『キヒサル』の話と重なるところが多々ありますね。
- 鉄砲でも死なない
- 山の獣を食い尽くす
- 火で殺す
- 忌みごとが降り掛かる。
以前から『ヒサルキ』というモノは山との関わりが深いのではないか?
という風に考えていたので、一連の話には好奇心を刺激されます。
あと、異人伝承を連想させる点も興味深いですね。
先に述べた婿殺しの話は、異人殺しという風に読み解くことができるので、これらの話から、山に棲む異人の存在が浮かび上がってきそうです。
聟入のお話って、余所者(山から下りてきた者)を利用するだけ利用すると殺しちゃうって流れがほとんどですね。
当時の価値観が如実に現れているようで興味深いです。
よっぽど身分差別が酷かったんでしょうね。
そう考えると、ヒサルのヒの字は、エタ・ヒニンのヒに連なる可能性もあるのではないかと思えます。
これ以上言うと言葉狩りに遭いそうですな。(--;)
まあ、実際は『六部殺し』のお話の単なる変形バージョンなのかもしれませんが。
(了)