今の山形県鶴岡の城下に『大場右平』という侍がいました。
ある夜のこと、仲間の侍の寄り合いから帰る途中のことでしました。
間もなく自分の家が見えてくるという所でふと顔を上げると、向こうから何か行列がやって来るのが見えました。
よく見ると、それは皆白い着物を着たお弔いの行列でした。
そのお弔い行列は、話声ひとつ立てず、ただただ草履の音だけが、ひたひたと静まり返った夜中の街に響いているのでした。
しかもどうやらそれは武士のお弔いのようでしました。
右平はこんな夜更けに弔いとは妙なと思い、行列の一人に
「もし、これはどなたのお弔いですか」と訪ねました。
すると男は「お午(うま)回り二百石、大場右平様のお弔いでございます」と答えました。
右平はそれを聞いてきょとんとしていましたが、自分の弔いだと聞かされ驚き、思わず行列の方を振返りました。
すると行列は立ち止まってじっと右平の方を見ていました。
右平は背中に水を浴びせられたようにぞっとして、思わず駆け出してしまいました。
そして自分の家の前まで辿り着くと、門の前にはつい今し方、お弔いの送り火を焚いた跡が残っていました。
右平は急いで家に入り家の者を起こして訳を聞こうと思いましたが、どういう訳か家の中には誰もいないのでした。
これは一体どういうことかと右平はさっぱり訳が分からず、ただ途方に暮れるばかりでした。
ふらふらと家を出ると右平は宛てもなく彷徨い歩きました。
どれくらい経ったか、気がつくと右平はお城のお堀ばたに立っていました。
するとその時誰かに声をかけられました。それは右平と親しい「横山只衛門」という侍でしました。
ようやく話のできる者に会えて右平は安堵し、今までのことを一部始終話して聞かせました。
そして只衛門を連れて自分の家に戻ってみると、何と灯がついております。
右平が中に入ると、家の人達は何事も無かったように、帰りの遅い右平を気にかけながら待っておりました。
右平は皆今までどこにいたのかと訪ねましたが、家の者はその夜誰も一歩も外に出ていないと言います。
右平はまるで狐につままれたような気分でその場に立ち尽くしてしまいました。
そして仕方なく、その場は右平のちょっとした思い違いだということにして、只衛門が右平をなだめて帰ることにしました。
只衛門にしても、右平が嘘を言っているとも思えなかったが、かと言って確かめる術も無く、うやむやなままやがて幾日かが過ぎていきました。
そしてある朝のこと。
只衛門の家に二人の侍がやって来ました。
只衛門がこんな朝早く何事じゃと訪ねると、二人の侍は
「夕べ夜遅く、大場右平殿が亡くなられたのでその旨お知らせに参った」と伝えました。
それを聞いた只衛門は驚きました。
何でも右平は夜中に押し入った賊に、あっけなく切り殺されてしまったということで、その訳も、犯人も分からず終いでした。
右平から聞いた夜中のお弔いの行列の話は、只衛門はまだ誰にも話していませんでしたが、それは心のすみに妙に引っ掛かっていたのでした。
墓場に行く間も、あの行列の話は只衛門の頭から離れませんでした。
その時一人の侍が行列の一人に
「もし、これはどなたのお弔いですか」と訪ねました。
男は「お午(うま)回り二百石、大場右平様のお弔いでございます」と答えました。
それを聞いた只衛門は慌てて「今訪ねたのは誰だ」と問い正しました。
男は「そこのお侍様でございますが」と答え後ろを指したましが、そこには誰もいません。
男は確かに今そこにいたのにと不思議な顔をしていましたが、只衛門は「大場殿が見たというお弔いは、この行列のことだったんだ…」と思い返しました。
その時弔いの行列は、後ろを振り返って立ち尽くしていました。
大場右平は、生きている間に本当に自分のお弔いを見てしまったのでした。
昔、山形の鶴岡であったという不思議な話でした。
(了)