あらすじ
島根のある漁村に隠棲する侍の夫婦があった。
妻の方はとても出来た人で、「俺は侍を捨てた身だ」とうそぶく夫を支え、愚痴をこぼさず仕えていた。
村人も侍には親切で、獲れた魚やら野菜やらを届けては何くれと無く気を使い、侍の方も子供に読み書きを教えたり、村人の相談に乗ったりしていた。
ある日、米を切らせてしまい、村の誰かに米を少し借りようと侍が外に出ると、村人達が大破した漁船を囲んで恐ろしげに何やら話しあっている。
聞けば「牛鬼が出た、船が襲われた」との答え。
そして成り行きから、侍は村人と共に牛鬼退治に加担する羽目になってしまう。
その夜。嫌な事を引き受けた気晴らしに侍が夜釣りに出ると、その日は面白い位の入れ食いであった。
どっさり魚を釣ってほくほく顔の侍の前に、突然妖しい女が赤子を抱えて現れ
「赤子に喰わせるから釣った魚をくれ」と言う。
女のただならぬ雰囲気に驚きつつも侍が求めに応じて釣った魚を差し出すと、赤子は生の魚を頭からぼりぼりと、一尾残さず貪り喰ってしまった。
更に女は「腰の物をくれ」と言い、侍が腰に差して居た刀を奪ってこれも赤子に食わせてしまった。
侍が驚いていると女は赤子を侍に押し付け、あっと言う間に海中に没してしまう。
同時に海の水が盛り上がり、海の中から異形のものが姿を表して侍に襲いかかって来た。
それこそが牛鬼であり、女は牛鬼の化けた姿であったのだ。
同じ頃、家で一人待つ妻が針仕事をしていると、不意に指を針で突いてしまった。
不吉な思いに駆られていると、突然奥の間に飾ってあった刀がかたかたと動き出し、ひとりでに鞘から抜け出して、風のように消えてしまった。
その刀は夫が「侍を捨てた身には不要」と売り飛ばそうとしていた物を、妻が押しとどめていた品であった。
一方、侍は押し付けられた赤子を捨てて逃げようとしていたが、赤子は大きな石になって侍の手に吸いつき、その重みで走る事が出来ない。
迫る牛鬼。
まさに進退きわまったその時、虚空からあの刀が飛んできて牛鬼の眉間を貫いた。
牛鬼は夥しい血を流し、苦悶の内に海中に消えた。
こうして、侍は一命を取り留めたのだった。
(了)
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