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中編 集落・田舎の怖い話

お狐さま【ゆっくり朗読】2500

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私には小さい頃から多少の霊感があった。

特に『おきつね様』という狐の霊は、幼稚園に入る前から見えていた。

『おきつね様』というのは、度々私の前に現れる真っ黒な狐の影で、迷子になったときに家の近くの神社まで案内してくれたり、危険な場所から遠ざけてくれたりする不思議な存在。

喧嘩した後泣いているときには尻尾だけ出してみたり、時には人の手の形になって遊んでくれたりもした。

小学生のあるときから、人の身体の周りに、淡くぼんやりと色のついたもやもやが見えるようになった。

部分によって色が違ったり、もやもやの広さや幅が違ったり……

当時流行っていた、エバラさんやミワさんいわくの「オーラ」に似ていると言われたので、仮にこれをオーラとする。

見えるオーラは、主にその人の心理状態や健康状態に左右されていたように思う。

通常は皆緑色なんだけど、体調が悪かったり、過度に落ち込んでいるとどんどん青くなる。

恋する女の子なんかは黄色になったりもしてた。

基本的にはそんな感じで、淡いけど色は必ずあった。

話は飛んで、中学に入る頃には霊感が強くなってきた。

と言っても、その霊感には波があって、めちゃくちゃ見える時期とめちゃくちゃ見えない時期が交互に訪れる感じ。

この頃になると、気配は感じるものの『おきつね様』はぱったり現れなくなっていた。

高校に入る頃にはその「オーラ」のようなものは見えにくくなり、霊感も薄くなってきていた。

最終的には何も感じなくなる。

……はずだったんだと思う。

きっかけは、近所の神社のすぐ近くに、妙な神社が現れたこと。

神社と言っても、普通の民家があってその脇にちょこっと鳥居と祠があるだけの場所。

「伊勢神宮の末社で由緒正しき神社」

……らしい。

で、どうやらその二つの神社の相性が悪いらしく(位置関係のせいかも)、私が住む集落全体に悪いものを呼ぶようになったみたいなんだ。

周りに悪いものが増えるにつれて、私の霊感も少しずつ強くなっていった。

ある日、新しくできた神社が祭りを開いた。

祭りと言っても、大々的なものではなく、奉納演舞等をするだけで、その筋のお偉いさんだけを招いて行うらしい。

その日は朝っぱらから深夜まで笛や太鼓の音が集落にこだましていた。

近所迷惑も甚だしい。

次の日の十九時過ぎ、、私がなんとなくふらついていると、久しぶりに『おきつね様』が現れた。

しかし、様子がおかしい。

『おきつね様』はついてこいとばかりに尻尾を揺らし、駆けていった。

焦っているようにも見えた。

ついていくと、新しくできた神社の、鳥居の前。

そこに、黒いモヤモヤがあった。

例えるなら、異世界との境目。

まさにそんな感じだった。

いわゆる鬼門というやつかもしれない。

とにかく悪い感じしかしなかった。

背筋が凍るような空気、禍々しさ。

『おきつね様』はいつの間にか消えていた。

私は怖くなって家に逃げた。

それから、最初の異変が起こった。

親友の綾子の父親が浮気をして、綾子の家が家庭崩壊しかけたんだ。

発覚したのは綾子の家に遊びに行ったとき。

突然綾子の父親を問い詰める母親の叫び声が響き渡った。

相手は綾子とも仲の良い近所のお姉ちゃん。

とても気さくで優しいその人の名を、母親は狂ったように叫んでいた。

綾子が一瞬硬直して私のほうを向いて、いつもと変わらず明るく気丈に振舞おうとしたんだろうね。

実に、三年ぶりだったと思う。

中学の時以来全く見えなかったオーラが、その時はっきりと見えたんだ。

……真っ黒だったんだ。

しかも、かなり幅が広い。一五センチくらいはあったと思う。

そして彼女の頭から、白いハッキリとしたモヤモヤが、彼女の頭一個分くらいの大きさになって飛び出している。

直感的にこれはマズイと思った。でもどうすることもできなかった。

そして、一つ引っかかることがあった。

『おきつね様』の行動。

まさかと思い、その日の夜綾子の家へと足を運ぶと……やはり、例の鬼門がそこにあった。

しかも、黒さが増し、大きくなっている。

まるで私を、綾子の家を飲み込もうとしているようだった。

このままではまずいと思い、私は覚えていた般若心経を必死で唱えた。

しかし、鬼門は小さくなるどころか、どんどん勢いを増し、気付けば、自分が飲み込まれそうになっていた。

……あ、だめだ。

そう思った瞬間、『おきつね様』の気配を感じた気がする。

気がついた時には鬼門は消え、いつも通りの綾子の家がそこにあった。

結論から言うと、綾子は今死んではいないし、家庭崩壊もギリギリ免れた。

そのときはそれで一件落着。

ただ、どす黒いオーラと頭の白いモヤモヤは、今も消えてない。

綾子の家の前の鬼門を見たあの日以来、『おきつね様』の気配を全く感じなくなった。

その後は、色んなことが立て続けに起こりすぎてよく覚えていないものもある。

ちょっと箇条書き。

・私の住む集落には個人営業の大きなホテルがあるのだけど、そのホテルのオーナーが四ヶ月前に自殺。
→この後、鬼門が現れると傍に必ずオーナーが立っている(もちろん死んでいる)。

・二ヶ月前に空いていた土地に引っ越してきた若い夫婦が、来て間もなく離婚。
原因は嫁の浮気。子供も嫁に引き取られ、残った夫は人格障害を発症。外に出ないようになる。

・母親がこの夫の世話のために引っ越して来るも、母親はつい一週間前に急死。
→この土地は神社二つに挟まれている。

・三週間に近所のN夫妻が飼っていた犬が急死。
ずっと元気だった妻は突然痴呆になり家出。介護をしていた夫は妻が行方不明になってアル中になり倒れて現在入院中。

多分今のところこれだけ。

集落じゃ毎日のように噂が立つから、抜けてるものもあるかもしれない。

神社の祭りがあったのが正月。綾子の件は五ヶ月前なんだ。

これ全部今年に入ってから起こってるんだよ。

ちなみに鬼門は、最初は一ヶ月に一回、何かがあった家の前で見える程度だった。

でも最近はホテルの駐車場の裏に必ずある。

見えてしまうんだよ。

どす黒くなったその鬼門と、その前で虚ろに立つオーナー、老婦、犬……二日前から、家出した奥さんもそこにいる。

今日、霊感の無い友人が、そこで黒い不気味な物を見たと言っていた。

それだけ力が強くなっているのだと思う。

……今書いてて思ったんだけど、これって神社の相性とかじゃない気がしてきた。

明らかおかしいよね?

新しい神社が祭りを、って……この集落の人は誰もその祭りの中身を見てないんだよ。

もしかして、この集落を呪うための儀式だったんじゃ……いや、流石にそれはないか。

少なくとも鬼門はこの集落の気を吸い取って大きくなってるんだと思う。

悪いけどオチは無いよ。

現在進行形だからオチのつけようが無いんだ。

『おきつね様』が呼んでるからちょっと行ってくるわ。

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追記一

二つの神社について、いろいろ調べてきたから、少し書く。

とりあえず、祭神について。

古くからある神社のほうの祭神は、木花之佐久夜姫命。

集落のご老人に聞いたところ、御神使は蛇らしい。これは知らなかった。

ちなみにこの神社には神主とかは常駐してない。巫女さんもいない。

新しいほうの神社のほうは直接聞いてきた。

祭神は天照大神と言っていた。

新しくできた神社かと思ってたんだけど、どっかから移ってきたって言ってた。

元々あった場所は教えてもらえなかったんだけど、伊勢神宮の近くみたいなことを匂わす言い方だった。

話聞いてたら途中から禊とかお守りとかを薦め始めたから、断って帰った。

神社の名前確認して神社庁のサイトで住所で調べたけど、その神社の名前は無かった。

伊勢神宮のwikiでも調べたけど、どこにも載ってなかった。

とりあえず仮にこの新しい神社が伊勢神宮の関係だっていうなら、多分御神使は蛇のはず。

あと、昨日の夜確認しに行ったら鬼門が移動してた。

今度はホテルの入り口。

今は廃墟に近い状態なんだけどな。

何かあるのかもしれない。

新しい神社は最初のほうでも書いたけど、普通の民家の脇に鳥居と祠があるだけの場所で、常にお守り売ってる巫女さんがいるから写メるとバレる上に一回やったら怒られて削除させられたからちょっと無理かも……

古いほうなら撮れないこともないけど、冬以外はスズメバチの巣窟になってるからぶっちゃけ行きたくねえ(笑)

鬼門はとりあえず写メった。

こんなに暗くないはずなんだけど。正直暗すぎて見えねえ。

『おきつね様』は前に何回か写メってみたけどあんまりはっきり写らなかった。

とりあえず飲まれてはない。

というか、まだ廃ホテルに入れてない。

前にDQNが窓ガラスを割ったせいでちょっと入りづらくなってる。

たまにパトカーが停まってるんだ。

夜になると肝試し目的の奴らが来るから、入れない。

悪いもの寄せるからあんまり嬉しくないんだけど……

一応今日の昼に決行予定。

人目が多かったら別の日になる。

鬼門の様子は最後に書き込んでから特に変化なし。

相変わらずどす黒くてモヤモヤしてるし、立ってる霊も変わってない。

あとこれは最初に書き込んだ日の晩のことだけど、『おきつね様』の気配を久しぶりに感じた。

探してみたけど見つからなかった。

いることはわかるんだけど、どこにいるかわからない。とにかく無事らしい。

追記二

今日の夕方に廃ホテルに入って写真を撮ってきた。
ロビーで二枚、廊下で四枚、個室で一枚。合計七枚撮ったんだけど、何か写っても良さそうなのに、内六枚は真っ黒。

懐中電灯はガラスの反射で見間違わないように消してたが、それでも窓からの光で何か写っても良さそうなのに……

最後に窓の少ない廊下から関係者以外立入禁止の扉を撮ったんだけど、この写真がもっとおかしいんだ。

撮った写真を見たら、扉のところのすりガラス?に青い光が写ってる。

驚いて扉を見たけど、青い光なんて無い。

撮るときも無かったし、画面にも写ってなかった。

その後裏口から外に出たんだけど、正面玄関にあるはずの鬼門が目の前にあった。まだ明るいのに。

鬼門の目の前に立ってたオーナーと目が合ってしまった、というか私のほうをじっと見てたんだ。

他の霊は虚空を見てる。

……ここで気付いた。

この霊達は皆、いつも、新しい神社の方を見てる。

とりあえずオーナーからの視線に危険を感じたので逃げたわけなんだけど、その途中で新しい神社の神主に会って、声をかけられた。

「おや。どうかされましたか」

「急いで家に帰る用事があるんです」

「そうなんですか。ところであなた、何か悪いことをしたでしょう」

「……どうしてですか?」

「あなたの後ろに悪いものがついている。お祓いをして差し上げましょう」

お祓いとか何とか言って何かされそうな気がしたから、断って立ち去ろうとしたんだ。

そしたら神主、こう言ったんだよ。

「もう遅いですよ」

聞かなかったフリをしてもう振り返らずに走って帰ってきたんだけど、何か本格的にまずい気がする。

廃ホテルに入ったのがバレていたのか?

それが悪いことだと言うなら、あの廃ホテルにはやはり何かあるのか。

でもこれで鬼門がうちの前に出たら新しい神社が何かしてるのは確定するよな。

ただ家族に迷惑をかけるわけにはいかないから、今日からしばらく近所の空き家のほうに移動しようと思う。

あんまりここに長居するのも悪いと思っていたところだし、私の書き込みはこれで最後にする。

追記三

親友に話を聞いてきた。

親友は家庭崩壊が起こる前に神社に巫女として勧誘されて断っていたらしい。

断った翌日父が浮気をしてその三、四日後に発覚した。

親友は自殺まで考えたが夢にきつねが出てきて隣町の稲荷神社まで案内されたそうだ。

次の日夢の通りに稲荷神社まで行きお祓いを受け家に帰ると父と母が仲直りしていたという。

ただその姿は異様でお酒を飲みながら話もせずにずっと笑っていた。

親友は気味悪く思ったが何故か安心して何も食べずに寝た。

次の日起きたら父も母も普通でまるで浮気なんて最初からなかったかのようだったそうだ。

亡くなったホテルのオーナーは神主に儲かると押し切られてホテル内に祠を作られたそうだ。

しかし作って一週間足らずで客が来なくなり経営破綻。

それを苦に自殺したということだ。

元々観光地でも無いこの集落のこのホテルの経営が成り立っていたのは温泉が沸くからだったのだが、その温泉の湯が全く出なくなり代わりにヘドロが湧き出したのだという。

これは親友がオーナーの息子から聞いた話だそうだ。

三ヶ月前には神社の巫女が一人行方不明になっていた。

その巫女っていうのが親友の父と浮気をした近所のお姉ちゃんで親友は浮気のことがあってからあまり連絡をとらなかったみたいなんだが、三ヶ月前に突然「殺される」ってメールが来て以来音信不通とのこと。

その日から全く姿を見なくなったから多分どこかに逃げたか殺されたか、神主に知らないか聞きに行くと「彼女は修行中です」と言われたんだと。

お姉ちゃんが一人暮らしで身寄りもいないため捜索願は出せていないそうだ。

巫女になってからは近所付き合いがぱったり無くなったため誰も気付かなかったようだ。

追記四

今日また入って確認してきた。

温泉のあった場所は木の板で封鎖されていて入れなかったが確かに異臭がしていた。

昨日の青い光があった部屋に祠があった。

つい最近誰かが来たらしい少し萎びた花と蛇の死骸(ミイラ)が備えてあった。

その部屋の奥に蛇のミイラがたくさん置いてあったんだ。

親友は引っ越してきた新婚夫婦やN夫妻についても話してくれた。

新婚夫婦については言わずともわかるかもしれないが入信するように勧誘されたらしいんだが、どうもその夫婦がキリスト教徒だったようでまあ断ったらしい。

その後家庭崩壊。

夫妻は地元じゃ珍しい洋風の小さな豪邸に住んでいてちょっとした金持ちだったんだ。

この家も勧誘を受けたらしいんだが、何にも縛られずに老後を過ごしたいと断ったところ妻の痴呆が始まり今に至るそうだ。

何でこんなに詳しいことまで知ってるのかと親友に尋ねたところ、親友は全くの霊感ゼロなんだけど浮気の件のときに夢に出てきたきつねがその後も何度か夢に現れたそうで、白い空間できつねが目の前にいて、神主が近所のお姉ちゃんを巫女として勧誘している現場であったり夫妻を勧誘している現場であったり、新婚夫婦を勧誘している現場であったり、ホテルのオーナーに祠を勧めてる現場であったりに連れて行くんだそうだ。

しかも一回や二回じゃなく、同じ夢を何度も繰り返し見たらしい。

おかしいと思って親友は聞き込みを始めた。

その夢の内容と聞き込みの結果が今話した内容だと言っていた。

それで、多分なんだけど、親友から聞いた話を全部踏まえて考えるなら。

人が死にはじめたのはホテルに祠が作られてからで、何かが起こるのは神主と何か問題を起こしてから二、三日後。

私は昨日ホテルに入って例の部屋を撮ったし、神主のお祓いを断ってる。

私が消えることになるのか死ぬことになるのかはわからないが、とにかく私が動けるのは今の間だけということ。

神主の「彼女は修行中」という言葉から考えれば巫女は神社側で何かされてる。

殺されるってメールから考えれば儀式の生贄か道具にされたのか、多分もう死んでる。

鬼門の前には巫女はいなかったし多分その線が濃いと思う。

巫女の霊は多分ホテルの例の部屋に縛られてる。そんな気がする。

親友と話したときからずっと『おきつね様』が隣にいる。

稲荷神社にでも案内されるのかと思ったがどうやら違うようだ。

多分稲荷神社に行ってももう無意味なんだろうね。

『おきつね様』は私をホテルの中に連れて行きたいらしい。

私はただ霊感があるだけで除霊ができるわけでもないし般若心経を唱えるくらいしかできないんだけど……

祠でも壊してみるか?

まあ多分行ったら『おきつね様』が何をすればいいのか教えてくれると思うけど。

あと鏡で見るまで気付かなかったんだけど親友のオーラと同じようなオーラが自分にもできてた。

頭から白い塊も出ていた。

多分この白い塊が頭から完全に離れたら死ぬんだと思う。

これいわゆる呪いなんだろう。

神主が何かしたんだな。

ちなみに鬼門はまだホテルの前にあった。

今も窓から確認したが、家の前には来ていない。

まだ少し猶予があるのかもしれんし、私の墓場がホテルになるということかもしれん。

どっちにしたってもう時間はそれほど残ってないから何かできることをしに行くよ。

とりあえず今は『おきつね様』に従うことにする。

今このタイミングでそれを私にさせようとしてるということはこの状況が鍵なんじゃないかと思うんだ。

今までずっと守ってきてくれたんだ。

きっと大丈夫……

(了)

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