中編 ほんのり怖い話

三宅木遣り太鼓【ゆっくり朗読】1200

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八月初旬、夜中に我が家の次男十五歳がリビングでいきなり歌い出し、私も主人も長男十七歳もびっくりして飛び起きました。

2009/09/07(月) 12:59:48 ID:Q1v71Dj+0

主人が「コラ!夜中だぞ!」と言い、電気を点けました。

マンション住まいなもので、深夜の騒音は大迷惑になってしまいます。

長男も次男も小学生の頃から和太鼓をやってるのですが、そのとき次男は舞台で着る藍染の腹掛けと股引き、頭にはちゃんと鉢巻を巻き、ご丁寧に地下足袋まで履いていました。

歌っていたのは三宅島に伝わる『木遣り歌』です。

『三宅木遣り太鼓』は三宅島のオリジナルにアレンジが加わった形で、和太鼓の曲として広く伝わるスタンダートです。

次男の所属するチームでは『三宅』を叩く前に『木遣り』を歌うことがあるのです。

次男は、主人と長男で取り押さえようとしても構わず歌い続け、主人が口をふさいでもまだもがもがやっています。

寝ぼけてるのかと思い、名前を呼んだり揺すったりしてもダメ。

「ダメだ、とりあえず外に出そう」

と、次男にタオルで猿轡をし、主人と長男が引きずってエレベーターに乗り、駐車場に走りました。

急いで車を出し、次男はまだ歌い続けていましたが、騒音を気にしなくてよくなったことに、とりあえずはホッとして猿轡を解きました。

成り行き上、ハンドルを握っていたのは私でした。

どファミリーなミニバンのセカンドシートに170、175、178cmの男が三人、ぎゅうぎゅうに収まって……

あたふたと夜逃げのように飛び出てきてしまったので私はパジャマ、主人と長男はTシャツにトランクスいちょう。

どこへ行けばいいのか、どうすればいいのか、何が原因なのか、思いつく限りの意見を出し合った末、主人が言いました。

「病院だな……真彦、夜中もいける精神科、検索してくれ」

『精神科』という言葉にちょっとドキッとしました。

「携帯持ってこなかった……」「俺も……」「私も……」

「とりあえず携帯と着替えを取りに帰るぞ。俺らは下で待ってるから、真彦は家へ走って取ってこい」

主人の言葉に長男もそれしかないと観念し、

「家まで誰にも会いませんように……」

とつぶやきました。

その時、主人がぼそっと言いました。

「こいつ、いつからこんないい声出るようになった?」

私は次男の異常な様子が心配で、ただオロオロしていましたが、主人に言われてよく聞いてみると本当に心に染み入ってくるような声でした。

確かに次男の声なのですが、何と言うか……伸びだとか節回しが?急にうまくなっている感じでした。

それからもしばらく歌い続けていましたが、ふいに次男の歌がやみました。

「良二!?」

名前を呼んでみましたが無反応。

キリっとした顔のまま正面を見据えています。

かと思ったら、すっと自分の手を見て握ったり開いたりし始めました。

「バチ!これから打つんだ!」

長男が叫びました。

「バチも持ってこよう!」

みんな口には出しませんでしたが、何か科学で説明できない事態が起こってる、とこのあたりから感じていました。

「真彦、塩も持ってこい」

「塩……どうするか知ってんの?」

「かけたらいいんじゃないか?」

「まじかよ……」

「コンビニで線香も買おう」

「コンビニで売ってんの?」

沈黙……

ものすごい不安ではりさけそうでした。

マンション前に着き、長男が意を決したようにTシャツトランクスで走っていきました。

その後ろ姿に緊急事態の真っ只中だというのに主人がゲラゲラ笑い出し、私もつられて笑いました。

「よく考えたらめちゃくちゃ笑えるな、これ(笑)」

Tシャツトランクスの父と長男が、ばっちり衣装の次男に猿轡をかませて引きずり、付き添うパジャマの母。

「ものすごい怪しい家族だぜ(笑)」

笑いがとまらなくなってしまいました。

すると、それまで険しかった次男の表情が少し柔らかくなった気がしました。

主人は

「大丈夫。とにかく今は深夜だし、朝になったら考えたらいい」

と、何か達観したような様子でした。

もちろん不安でいっぱいでした。

このまま本来の次男が戻ってこなかったら……と思うと、こちらの方がおかしくなりそうでした。

それでも一瞬和ませてくれた主人にとても感謝しました。

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しばらくして長男が荷物を持って戻ってきました。

「まだバチ出すなよ。ここでやられたら殴られる」

主人がジーンズを穿きながら言いました。

私は助手席に移動し、主人の運転で再び走りだしました。

「良二の部屋に入ったら、Tシャツきれいにたたんで置いてあったよ。有り得ねぇ」

長男はそう言いながら携帯で塩の使い方を調べていた。

思いがけず久しぶりに家族でドライブとなりましたが、ある国立公園にたどり着きました。

我が家からは三十分ほど山に登ったところにあり、ちょっと名の知れた滝や、秋は紅葉目当てで観光客がやってくる自然の中です。

もちろん、そんな深夜ですから駐車場に他の車はありません。

まずは主人と私が車を降り、次男も長男が促すと降りてきました。

長男が次男に持ってきたバチを渡し、自分もバチを持ち、滝の音がゴウゴウと遠くから聞こえる方を向いて立ちました。

まず長男が歌い出しました。

それに次男がかぶせるように追いかけます。

歌い終わると長男はすっと座り、次男は腰を低くして構えます。

『三宅』は太鼓を真横に置いて、両側から低い姿勢で打つのです。

長男の地打ち(ベース)が始まり、次男がゆっくりと振りかぶり打ち下ろす。

もちろん太鼓はありませんが、ドーンという響きを感じたような気がしました。

だんだんとペースが上がり、お互いに掛け声をかけながら、エア太鼓は続きます。

長男と次男の『三宅』を初めて見たわけではないし、ところ構わず始める次男の素振りはそれこそしょっちゅう見ているのに、なぜか涙がとまりませんでした。

たぶん、次男の中の人にとっては最後の『三宅』だと感じていたからだと思います。

ようやく打ち終わり、二人が立ち上がりました。

次男はまず長男に、そしてこちらを向いて深々と頭を下げました。

顔には涙がぽろぽろと落ちていました。

しばらく泣いて、やがて「兄ちゃん」と言いました。

「良二か?」と聞くと、泣きながらも頷きます。

心底ほっとしました。

塩も線香も出番はありませんでした。

次男は部屋で着替え始めたことも、リビングで歌い出したことも、その後のことも全部覚えていました。

「でも、俺がやったんじゃない」

それはそうでしょう……次男もそこそこ打てるようになったとは言え、あの美しいフォームは次男のそれとはあまりに違いましたから。

どこの誰だったのかは分からないらしいです。

ただ「最初は悲しかった。でも、打ち出したら嬉しかった……と思う。怖かったけど、嫌な感じはしなかった」そうです。

念のため、翌日私の実家に連れて行き、近所の拝み屋さんに見てもらいました。

「何もない。キレイなもんよ」と言ってもらい、やっと本当に安心しました。

「満足して行ってるはずや。無念が晴れたんじゃろ」とも。

「ただし、まだ良二に大きな疲れが残っとる。命が疲れとる。ゆっくり精神を休ませなあかんよ」

と、お守りをいただきました。

それはオガミさん特製のちりめんで出来た小さな袋に勾玉のような綺麗な色の石が入れられた物でした。

長男は「なんで良二より打てる俺じゃなかったんだろ?」と言ってましたが、オガミさんは「相性もあるし、真彦坊より良二坊の方が単純やしのぉ」と笑ってました。

次男は達人に貸してから体の使い方がちょっと分かったと言い、日々、素振りに余念がありません。

何かコツをつかんだのかもしれません。

終始慌てふためいていたため、後から思うと何やらおかしいことになってますが、その時は次男を失うのではと、この上ない恐怖でした。

当の本人は今日もノンキに登校しましたが。

もし良かったら、動画サイトで『三宅木遣り太鼓』『木遣り歌』で検索してみて下さい。

いくつかアップされてると思います。

上手な人の歌や演奏は胸に響くものがありますよ。


Kodo Performing Miyake 「鼓童の木遣り~三宅」


木遣り~三宅 加茂綱村太鼓

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