第38話:戻ってくる人形
ある若い夫婦の体験です。
夫婦には娘が一人いました。まだ幼く、可愛い盛りです。
いつも、お気に入りの抱き人形と遊んでいました。
その娘がある日、病気で倒れてしまったのです。
看病の甲斐無く、数日後に亡くなってしまいました。
少女の大切にしていた人形も、一緒に火葬されることになりました。
ところが……
葬儀もすみ、参列者も去った後、夫が気付くと家に人形がある……
確かに柩に収めたと思ったんですが、どうも妻が手放したくなくて、取り出したようなのです。
夫はそれに対して特に意見しなかったのですが、しかし、あまり良いこととも思いませんでした。
案の定、数日が過ぎても妻の精神状態は安定しません。
特に人形が目に入る度に妻は泣き崩れるんです。だから尚更、妻の精神状態は不安だと思いました。
結局、夫は人形を捨てることにしました。
明くる朝、夫は車で出勤する時、妻の目を盗んで人形をゴミ袋に入れ、そのまま近所のゴミ捨て場に捨てて行きました。
会社で彼は、妻からの電話がかかってこないかとヒヤヒヤしておりましたが、
「人形が無くなったのよ……」という電話もなく、終業時間となりました。
帰宅すると妻は元気に夕食の準備をしています。
それを見た夫は「なんだ……もっと早く捨ててしまえば良かった」と思いました。
すると妻が言いました。
「今朝ね……人形がどこかへ行ってしもてねぇ……心配して探したのよ」
しかもこう言いました。
「でもねぇ……夜になったら、自分で帰ってきたの……」
ハッとして夫が見ると、キッチンの椅子に今朝彼が捨てたはずの人形が座っています。
彼は考えました……
妻がゴミ捨て場で発見して、持って帰ってきたのだと。
「人形が自分で戻ってきたのよ……」というのは彼女が自分で持ち帰ったことを認識できないほど、精神状態が不安定な証拠ではないかと。
それから数日、彼はやがてその疑いを確信へと変えていました。
妻が人形をまるで生きている人間のように扱い始めたからです。
食事を三人分作ったり、風呂に入れたり、添い寝をしたり話しかけたり……
まるで死んだ娘のようにその人形を扱うのです。
彼女の目には、人形が娘に見えているのだろう、と夫は思いました。
夫はいよいよ本気で人形を捨てることを考えたのです。
そしてある朝、ついに彼はその計画を実行します。
前の時と同じように人形をゴミ袋に詰めて、夫はまっすぐ会社へは行かず、車をデタラメに飛ばしました。
ワザと道に迷い、見知らぬ街を走ります。そして彼は空き地を発見しました。
そこはスクラップ置き場になっていました。
彼はスクラップの山に登り、ゴミの隙間に人形の入った袋をねじ込んだんです。
更にその上にスクラップを積み上げて、その場を立ち去りました。
まるで埋葬のような光景でした……
その日も会社へは妻からの電話はかかってきませんでした。
だが、家へ帰ってみると妻が半狂乱の状態になっているのです。
「人形がいない……人形がいないわ……人形がいないのよ!!」
彼は妻をなだめようやく落ち着かせて、その日は早々に寝床に入りました。
……深夜、彼はかすかな物音に目を覚ましました。
何か固い物が廊下の床に当たる音です。
「泥棒か……?」
夫は思いました。
妻に注意を促そうと隣の布団を見ると、何と妻はカッと目を見開き、しかも口元には笑いを浮かべているのです。
ゾッとしながらも夫は「おいっ!」と声をかけました。
妻はブツブツと何か言ってます。
「あの子が帰ってきた……あの子が帰ってきた……人形が帰ってきたっ」と言っているのです。
何を馬鹿な、と思いつつ夫は部屋の隅のバットを手に持ちました。
音は彼等の寝室の前を通り過ぎて、階段の方へと移動していきます。
そろりと扉を開けると、音は暗闇に包まれた階段を登っていくところでした。
部屋を抜け出しバットを手に、音を追いかけます。
妻には「ここにいろ」と言った夫でしたが、妻は言うことを聞かずに付いてきます。
仕方なく夫は妻を後ろに従えたまま、ゆっくりと階段を上がりました。
カタン……カタン……カタン……
音は階段を上がりきり、やがてギ、ギ、ギィィィィと二階の部屋のドアを開けたようです。
そこは亡くなった娘の部屋です。
夫はゆっくりと部屋に踏み込みました。
「捨てるなぁ!!」
[出典:大幽霊屋敷~浜村淳の実話怪談~]