第39話:幽霊トンネル
これは私が大学生だったころの話です。
大学は郊外にあったのですが、そこからさらに車で数十分行ったところに一つのトンネルがありました。
そこは幽霊が出るという話で、学生たちが夜中に肝試し気分でドライブに行くことが度々ありました。
私たちもその夜、肝試しに行くことになりました。
運転手の赤木先輩、同期の圭君、後輩のトシ、そして私です。
少々ですが霊感のようなものを持っている私は、あのトンネルの幽霊話は単なる噂ではないと感じていたので、不安でした。
「赤木先輩、今夜は違うところにしませんか?」
と、少し青ざめた顔で私が言うと、すぐに赤木先輩は、
「なに、おまえ、もう恐がってんのぉ?情けないな、大丈夫だよ。さ、みんな行くぞ!!」
完全なリーダー気取りです。
そんな先輩はニヤリと笑いました。
そして私の顔の前に、お守りのついた車のキーをチャラッと音を立ててかざしました。
そしてくるりと背をむけて、自慢の車の方に歩いていきます。
先輩の気合の入った声に誘導されるかのように、私を含めたみんなはゾロゾロと先輩の車に乗りこんでいきました。
その時点では誰もが、あんな恐ろしい体験をするとは夢にも思っていませんでした。
私たちはコンビニ、ラーメン屋、カラオケ屋等がポツポツと立ち並ぶ、ごく普通の学生街を走り抜けます。
ここからもう二十分ほど走った所の交差点を右に曲がれば、だんだん街の明かりが消えていくのです。
そして山の中、木々に囲まれた寂しい道にでます。
この道が通称”首吊り道”で、ここにも恐ろしい話があります。
この道の横の林では、毎年といっていい程、自殺者が出るのです。
そのほとんどが、決まって首吊り自殺です。
自殺者の骸ですが、第一発見者は大抵ここを走っているドライバー達だといいます。
彼らは運転中、道の脇の木、ロープで首をくくった死体がブラリと恨めし気に吊り下がっているのを発見します。
そして、あわてて警察に連絡するそうです。
そんな事が重なり、いつの間にかこの道は”首吊り道”と呼ばれるようになったのです。
そしてその道をまっすぐ走れば、例のトンネルは姿をあらわすのです。
出発した頃は、冗談ばかり言いあっていた私たちでした。
しかし”首吊り道”に入ると、みんな急に静かになってしまいました。
そうです、皆あのトンネルが近いことを知っているし、この首吊り道の話も当然知っています。
しばらく走るうちに、車の中の空気が変わってきたのが肌で感じられました。
エアコンの通気口から、冷たい山の匂いが車の中に入ってきます。
緊迫した空気というのはこの事を言うのでしょう。皆の顔がこわばっていきます。
ちょっと肌寒いかなと、私が思った時、「おい、エアコン、もうええよな……」と、赤木先輩はタイミング良く、みんなに聞きました。
誰も返事をしなかったのですが、暗黙の了解を得たかのように、彼はエアコンのスイッチをオフにしました。
その直後!鋭いブレーキの音をあげて、私達の車が急停止しました。
それからすぐ、「うおっ、ビックリしたぁ。あぶないなぁ、あの猫……」と左の道の脇を指差して、先輩が言います。
猫が突然、車の前を横切ったと言うのです。
私はまだ急停車のショックで気持ちが落ち着いていませんでしたが、後部座席からその猫を確認すべく、左のフロントガラスの向こうを見てみました。
ところが先輩が指差す道の脇には、猫は見えませんでした。
その代わり、車のライトをうけてぼんやり浮かび上がった木の下を見て、私は全身を震わせました。
そこには首にロープを巻き付けた女の人がユラユラと立っていたのです。
スカートの向こうは透けていて、向こうが見えています。
よく見ると彼女の身体も、まるでホログラムのようにボーッとしていて、向こうの景色が透けて見えています。
「幽霊だ!!」
そう思いました。
しかし叫ぼうとしても声が出ません。
その女性が私をジーッと恨めしそうに見てくるので目をそらしたのですが、その視線は離れてくれません。
ゾクッと背筋が寒くなりました。
他のみんなにも見えてるんだろうか。
そう思った私は、みんなの顔を恐る恐る確認しますが、どうともいえません。
しかし、助手席に座っている後輩のトシの顔が青ざめてるのがわかりました。
しばらく様子をうかがっていると、運転席の赤木先輩が、
「あぶない奴やなぁ!でも、俺、猫好きやねん。ひいてへんやろなぁ」
と言って車を降りようと、ドアを開けました。
ルームランプがパッと覚醒したかのように私たちを照らします。
それと同時に、後部座席に座っていた私の手が先輩の肩にかかっていました。
「せ……先輩、行きましょう……ね、行きましょう。もうすぐですし」
彼なりに、私の青ざめた顔と真剣なまなざしを察したのでしょう。
「あ、ああ。そうやな。いこ」と言ってくれました。
先輩がドアを閉めると、車内は再び暗闇に戻りました。
なんだか車内は、更にシーンと静まり返ってしまいました。
そして車はゆっくりと目的のトンネルに向かって走り出しました。
私にはもう幽霊の立ってる木の方を見る事が出来なかったんですけど、まだそれはこちらを見てるみたいでした。
皆さんにその情景をどういうふうに説明したらよいのでしょう。
私はそちらを見てないんですけど、わかるんです。
目をつぶってるのに、首にロープを巻きつけている幽霊がまぶたにピクチャーされて……
今思いだしても、鳥肌が立ちます。
さて、私たちはいよいよトンネルに近づいていきました。
ここで、その”幽霊トンネル”にまつわるジンクスを話しておきましょう。
恐ろしい事ですが、貴方がここで幽霊に遭遇したければ、方法はとても簡単なのです。
問題のトンネルに入る手前でクラクションを3回、素早く、そして大きく鳴らしてから入るのです。
すると、トンネルの上空から霊が、車に向かって降ってくるのです。
このトンネルは古く、壁には薄気味悪い染みがたくさんあり、古びた天井の隙間などから水がポタポタ落ちてくるような所です。
ある人から聞いた噂では、天井から血がポタポタ落ちている時もあるらしいのです。
とうとうそのトンネルが100メートル程先に見えました。
まるで、私たちを待ち受けているかのように、うす暗い大きな口をぽっかりと開けてます。
「よし、行きますか……」
赤木先輩が、静まりかえった車内でぽつりとつぶやきました。
そしてトンネル直前でクラクションを3回鳴らした私達の車は、トンネル内へと姿を消しました。
私はゴクリと生唾を飲み、なにか起こりやしないかと、車の周囲をキョロキョロと見回していました。
すると、なにかドンっと鈍い音がしました。
まるで米俵を地面に落としたような音です。それは皆にも聞こえたようです。運転手も含めて、音のした方へ、みんな耳をかたむけています。
もしかしたらと思いましたが、数秒たっても何の変化もありません。
「……どうやら何もおこらへんみたいやな。気味が悪いけど……なぁ」と、赤木先輩が切り出したら、他のみんなも今までの静けさは嘘のようにしゃべり始めました。
でも、助手席にいた後輩のトシだけは何も言わずにいます。
妙に思った私は彼を見ると、彼はブルブル震えているではないですか。
「どーしたん?大丈夫?寒いんか?」と、私が尋ねたら、
「車を止めてください……は……早く!!車をっ!!」と、狂ったように叫び出しました!!
トシの様子が尋常ではなかったので、赤木先輩はすぐに車を路肩に寄せ、停車させました。
「ふうっ、ふうっ、!!ふうっ!!」
トシは荒い息を吐いています。
赤木先輩は、トシの手を引いて車の外に出しました。
トシは気分でも悪くなったんだろう、先輩はそう考えたようです。
そして先輩がトシからスッと手を放すとトシが、
「頼むからそばにいてくださいよぉ!お願いですからぁ!!」と、急に震えながら叫びます!
「どうしてん?ホンマ、どうしてん?」
とみんなが尋ねると、トシはドモりながら、振り絞るように言いました。
「ト……ト、トンネルで出た。出たた……出たん」
私にはトンネルに入る前の出来事もあって、彼の変貌はとても恐怖でした。
そしてなによりも、ここはトンネルから数百メートルしか離れていません。
この暗い山道で、正気をなくした人の声が響いているのはとても不気味でした。
ふと後ろを向くと、あのトンネルがやけに近く思えます。
トシは、赤木先輩に背中を撫でられて少し落ち着いたようです。でもまだ、顔は真っ青です。
いつものあの明るい青年とは、まるで正反対の別人のようです。
「あっ、あのっ……トンネルで、出たんです!お、俺ぇ、あのっ……音がしたでしょう?!」
みんなに対して真剣にうったえるトシ。かわいそうなぐらい、目がうるんできています。
「ああ、音はしたけどな。でも、なんも見えんかったし、なんも起こらんかったやん。ほれ、お前も無事やしな。さ、もう大丈夫やろ?な?」
赤木先輩も真剣な表情だ。
そんな先輩の介抱が効いたのか、彼はだんだん落ち着いてきました。
そしてトシは私たちにこう言いました。
「先輩ら、見えんかったんですか?あれが上から落ちてきてね、天井を通り抜けて車の中に入ってきたんです。そっ、それで、お、俺の首にしがみついて、なかなか離れんかったんです。俺、ひ、必死に振りほどこうとしたんです。そしたら、そいつ、俺の首にロープをまきつけてきて……う、ウソじゃないスよ!!」
そう言うと、トシは、急に私達の車の前に走り出しました。
ライトが彼を照らします……
そして、彼はすこし屈んだ姿勢で、その首を私たちの方に見せたのです。
「こ、これ、見てください……ホントですよ!」
私たちは彼の首をまざまざと見ました。
彼の首には、くっきりと人の手形がついていたのです!
もちろん、ロープで絞められたように赤くなった傷も。
私たちはそのアザを見たとき、一言も声をだせませんでした。
その日以来、1週間程、みんな高熱をだしてダウンしてしまいました。
それに、トシの首のアザは1ヶ月経っても、なかなか消えなかったのです。
それからしばらくして、赤木先輩から電話がかかってきたんです。
なんと、先輩の車の天井には、上から車内に向かって人間の手形にボッコリとへこみがついていたというのです!
あんな恐ろしい体験をしたのは初めてでした。
あのトンネルの上は実は墓地で、”首吊り道”で自殺した人たちが、多く眠っている所なのだそうです……
もう、二度とあそこには行きたくありません。
[出典:大幽霊屋敷~浜村淳の実話怪談~]