第12話:溺れさせる老婆
これは、あるサーファーの身の上に起こった悲劇的な怪奇現象の話です。
ある夏の日のこと、数人のサーファー仲間のグループが海へやってきました。
男ばかり10人近い数です。
数台の乗用車を連ねて、海辺に着きました。
交通の便が良くないうえに、あまり知られていない海水浴場であり、さらにまだ夏本番とは言えない時期です。
海水浴のお客は一人もいませんでした。
浜辺は彼らだけの貸切のような状態です。
めいめいがひとしきり楽しんでから車に戻って、用意した弁当を食べました。
そのまま少し休憩して、さて、また遊ぼうかという頃になって、仲間の一人が言いました。
「俺、こんな物持ってきたんだよ!」
彼が取り出した物はビデオカメラです。
家庭用の物ですが最新型、一同は大いに喜びました。
「よし!撮ろうぜ!!」
波に乗っているところを順番に一人ずつカメラに収めようということになったのです。
砂浜に三脚を添えて、一人ずつ順番にボードを手に持って海に入ります。
カメラを意識したのか、誰もが大技を見せようと張り切りました。
砂浜ではすでに撮り終えた者や、自分の順番を待っている者がそんな仲間をはやし立てています。
その楽しげな光景がビデオに録画されていきます。
悲劇はそんな中で起きました。
何人目かの若者が、砕ける波を予測しきれず、バランスを崩して海に落ちたのです。
皆手を叩いて大笑いしました。
すぐ海面に頭が浮かんできます。
「バ~カ!!」
「カッコわりぃ」
全員が野次ります。
だが、それもすぐに止んだのです。
様子がおかしい……
手を振り回しながら波間の頭が浮き沈みを繰り返しています。
溺れている!!
泳ぎは達者なはずなのに、すぐそばに浮かんでいるボードに泳ぎ着くことすらできないのです。
全員が立ち上がりました。
ファインダーを覗いていた者も、カメラをそのままにして海へと駆け出しました。
全員が溺れる仲間を助けようと、海へ飛び込んだのです。
溺れている若者はしかし彼らが泳ぎ着く前に水中に沈んでいきました……
潜ってみたが見つかりません。
結局、駆けつけた警察が彼の遺体を引き上げたのは、それから1時間以上も経った頃でした。
遺体は救急車に乗せられ、病院へと運ばれることになりました。
警察は事情聴取のため、代表者に警察まできてくれ、と言いました。
数人を乗せた車がパトカーの後ろに続いて浜辺を去ります。
残された仲間達はガックリと気落ちがして、それでも何とか着替えを済ませて車に乗り込んだのです。
カメラ持ってきていた男が「あっ!」と声を上げたのはその時です。
その時になって彼はカメラの録画スイッチを切っていなかったことに気が付いたのです。
……数日経ちました。
亡くなった仲間の葬儀も済んだ頃、ビデオカメラを持ってきていた男から、その時一緒に海へ行った仲間全員に電話がかかってきました。
「すぐ来てくれ、俺のマンショへ!」
とんでもないモノが映っていたのだということです。
全員が彼のマンションの一室に集まったとき、テレビには8ミリビデオカメラが接続されていました。
あの日彼が持ってきていた、あのカメラです。
それが何を意味するのかは明らかです。
「おい、お前なぁ」
一人が責める様に言いました。誰もが同じ思いです。
誰一人として、まだ精神的に立ち直っていないのです。
なのに彼は、あの日のあの事故の現場のビデオを皆に見せようとしているのです。
だが、彼は黙っていました。
「まぁ……これを見ていてくれ……」
そう言って再生ボタンを押したのです。
テレビ画面に映し出されたのは、あの日のあの海です。
手前の砂浜に座って背中を見せているのは、今部屋に集まっている仲間同士です。
画面の奥の波の上を、一人の若者がボードに乗って滑っています。
彼らは数日前の悲劇を思い出していました。
そして、画面の映像はそれを正確に再現しています。
波に乗ったサーファーがバランスを崩して海に沈みます。
「バ~カ!!」「カッコわりぃ~ww」彼らが野次ります。
やがて仲間が、溺れていることに気が付いて全員が立ち上がって、海へ走っていきます。
少し遅れて画面のすぐ横から走って行くのは、ビデオを回していた当人です。
丁度最初の一人が泳ぎ始めたあたりで、仲間を呼びつけた男はビデオを止めました。
「見たか?」
「見たよ?何なんだよこれが?」
「気付かなかったか?」
「なにが?」
だが彼は答えず、ビデオを少し巻戻して再び再生しました。
波に乗る一人がバランスを崩して海に落ちる……
駆け寄る仲間達……
ビデオストップ
「……分かったか?」
「だから何がだよっ?」
中でも手の早い男が、彼の胸ぐらに掴みかからんばかりの勢いで怒鳴ったとき、別の一人が言いました。
「ちょ、ちょっと待ってくれ!!もういっぺん見せてくれ……」
巻き戻し、そして再生……
待ってくれと言った男はジッと画面を見ておりましたが、海に落ちた青年の頭が再び波間に姿を現した瞬間
「見ろっ、ここ!!」
画面を指さしました。
「うわぁぁ!!」
別の一人が声を上げました。
「ひっ、人だ……人だ、婆さんだ!婆さんがいる!!」
ビデオの持ち主は黙って頷きました。
他の仲間達も今度はハッキリと分かったのです。
老婆が映っているのです……
画面の中に小さく、しかしハッキリと。
老婆は海の上におりました。波の上に座っているのです。
片方の足は胡座を組むように曲げ、もう片方の足は横へ投げ出しています。
その格好で水面に座ったまま、投げ出した方の足で溺れる青年の頭を蹴りつけているのです。
何度も何度も……沈め……沈め……というふうに……
青年の姿が波間に消えてしまうまで……
[出典:大幽霊屋敷~浜村淳の実話怪談~]