これは、音楽仲間の間で囁かれている話だ。
Aはあるライブの打ち上げで知り合ったギタリストだった。彼はルックスも悪くないし腕も一流、だがストイックで、音楽のためにはあらゆるものを捨てる覚悟があった。付き合いが深くなるほど、Aの異様なまでの情熱に驚かされることが多くなった。ある日、練習スタジオでAが奇妙なことを言い出した。「俺のギターから、他にはない音が出る」と。
数日後、携帯を持たないはずのAから通知不可能で電話がかかってきた。どうやらギターの音がさらに異質なものに変わり、聞かせたいと言う。しかしその後、Aはバンドをクビにされ、俺たちも次第に彼の姿を見かけなくなった。それどころか、夜中にどこからともなく電話がかかってきて、Aのギター音のような奇妙なノイズが耳に響くのだ。
ある夜、友人たちとAのアパートを訪れると、ポストには手つかずの郵便物が山積みで人の気配はなかった。その帰り道、またAから電話がかかってきた。「お前、家にいるんじゃないのかよ!」と問い詰めると、Aはこう答えた。
「いるよ……ずっと……」
ぞっとした。Aは本当に自宅にいるのか?問い詰めると、電話の向こうでAが低く震えるように「ウソだ……」と繰り返し始めた。突如、狂ったような叫び声と共に電話は切れ、その直後、Aが病院に入院しているとの知らせが入った。彼は実は事故で意識不明だったのだ。
数日後、目を覚ましたAは「夢の中でずっとギターを弾いていた」と話し、夢の中で俺に電話をかけていたという。着信履歴を確認すると、確かにAからの『通知不可能』がずらりと並んでいた。さらに奇妙なことに、Aが意識不明の間、スタジオでAを見かけたという証言が複数のメンバーから出ていたのだ。
Aが完全に復帰し、再びギターを弾くようになると、またあの異音が聞こえ始めた。ある日、Aがスタジオで弾いていると、その音は次第に「助けて」と誰かの声のように変わり、彼の頭の中で鳴り響いた。驚きスタジオを飛び出すと、古びた新聞記事が目に留まった。そこには、数年前にこのスタジオで火災が発生し、命を落とした人物の名前が記されていた。その名前は、Aと同じだったという。
Aは、自分のギターが過去を囁く道具と化したことに気づいた。以来、Aはギターを弾くたびに異音を耳にするようになった。その音は、過去の出来事や未来の予兆を告げるかのように、彼の中で鳴り続けているのだ。
後日談
Aが完全復活してから、数ヶ月が経ち、俺たちは再びバンド活動に励んでいた。Aのギターの音色は以前にも増して力強く、美しささえ感じさせるものになっていた。だが、未だにAのギターから漏れる異音の正体は掴めていなかった。
ある日、練習中にAが突然倒れた。俺たちは慌てて救急車を呼び、病院に急行した。医師の診断では、過労とストレスが原因だった。Aはしばらくの間、休養のために入院することになった。
Aが入院している間、俺は彼の家を訪れ、部屋に置かれていたギターを手に取った。そして、軽く弾いた瞬間、異音が響いた。その音はまるでAの声のようで、「助けて」と叫んでいるように聞こえた。俺は思わずギターを手放したが、その不思議な声は頭の中で響き続けた。Aが「夢の中でお前に電話をかけた」と話していたことが、現実味を帯びて蘇ってきた。
その後、俺はAの病室を訪れ、このことを伝えた。驚いたAは静かに言った。「俺のギターには何かが宿っている気がする。俺はそれを解き明かす必要があるんだ。」
Aが退院した後、異音の正体を探るために再びスタジオで練習を始めた。過去の出来事を調べ、ついにその謎を解き明かすに至った。Aのギターには、過去にスタジオで亡くなった霊が宿っており、その霊は自分の死の真相を誰かに伝えたかったのだ。Aはその声を聴き取り、真相を明らかにし、霊を成仏させることができた。
それ以来、ギターからは異音が聞こえなくなり、Aは新たな音楽を創り続けた。その音楽は多くの人々に感動を与え、俺たちのバンドも再び成功を収めた。今でも俺は、あのギターから聞こえた異音を思い出す。あの出来事がなければ、この成功はなかったかもしれない。Aと共に歩んできた道のりが、俺たちにとってかけがえのないものとなったのだ。
Aは今もギターを弾き続け、その音は魂の叫びのように深く美しい。その音色は、俺たちの心の奥底に染み渡り、共鳴し続けている。
こうして、俺たちの活動は再び元に戻り、平穏を取り戻したかに見えた。だが、心の片隅には一つの疑問が残った。
夢と現実の境界が曖昧になったことで、Aは二つの世界に重なって存在するのではないか?現実のAを目にする者もいれば、夢の中のAを感じる者もいるかもしれない。だが確かに、夢からのメッセージが俺を通じてAに響き、彼を意識の世界へと呼び戻したのだ。
この奇妙な出来事の裏に、人智を超えた何かが潜んでいたのかもしれない。あるいは、音楽への強い情熱が、夢と現実の垣根を越えさせたのか。結局、この謎を完全に解くことはできなかったが、音楽を愛する者だけが目撃できる奇跡に触れられた気がする。人知を超えた存在と対話できた、それだけでこの経験には大きな価値があると俺は感じている。
(終)