第10話:夜明け前の手
いつのことだったか、あまりはっきりとは覚えていませんが、多分15~6歳の冬だったように思います。
その日とても疲れていた私は夕食を食べるとすぐ9時位に居間のこたつで眠ってしまいました。
そして明け方、充分に寝た私は目を覚ましました。
というか、正確には頭だけ起きた、という状態です。
もう少し寝起きの余韻を味わっていたかったので、体を動かさず、目も閉じたままでボーッとしていました。
そこへ手がやってきたのです……
といっても、目を閉じているわけですから見たわけではありません。
でも、手だと感じたんです。
それは南の方角から、右の手首一つだけ、すごい勢いで走ってきました。
そして私のところまで猛スピードで走ってくると、いきなり私の左腕をすごい力でガシッと掴むと、思いっきり揺さぶるんです。
私は何が何だか分からないうえに、恐怖のあまり目も開けられずに、声も出ませんでした。
それに身体は、本当に揺すられて、揺れていました。
その手首は、手の大きさや力の入れ具合から、かなり体の大きな男の人の手であるように感じました。
そのうえ、何故か手首から先がないことが分かるんです…分かりたくもないのに……
5秒程ガシガシと揺さぶられたとき、その手首が来た方から、またもう一つの手首がくるのを感じました。
すると、今私の腕を掴んでいた手は何故か私を放し、逃げるように北へと走り去ったのです。
次の手……
またこれも右の手首だけなんですが、その手首がやって来て驚きました。
その手は、もう何年も前に亡くなった、ひいお婆ちゃんの手だったんです。
さっきの手より一回り小さく、皺くちゃで温かい手でした。
私はまだ怖くて目を固く瞑っていたのですが、ひいお婆ちゃんの手はそんな私の腕を、さっきの手が掴んでいたところを、しばらく優しく撫でてくれました。
そして、また同じように北へと走り去ったのです。
私は夢でも見たのか、それとも家族が私を揺すったのだろうと思い、すぐ目を開けました。
でも、誰も居間に来た様子は全く無く、時計を見ると、まだ午前4時……
誰も起きてくるはずのない時間です。
「やっぱり夢か~」
と思ったそのとき、私は自分が無意識のうちに、左腕の掴まれた部分を摩っているのに、気が付きました。
腕を見てみると、男の人の爪の跡がクッキリと残っていたのです。
しばらくしてすぐに消えましたが、私はそれ以後、居間で眠れなくなったというのは言うまでもありません……
[出典:大幽霊屋敷~浜村淳の実話怪談~]