23区内・私鉄沿線の住宅地にて
十年ほど前、古くからの地主だった老人が亡くなり、その跡を継いだ五十代の息子夫婦が引っ越してきた。
ところが一年も経たないうちに、奥さんが姿を消し、残された旦那の行動が異様なものになっていく。
まず、毎日大音量でクラシック音楽――主にベートーヴェン――を流し続ける。
庭には裸のマネキン人形が次々と運び込まれ、金色に塗られてライトアップされた。
冬でも海パン一丁でベランダに立ち、不気味な体操を何時間も続ける。
さらには近隣住民への罵声、ホースで洗濯物に放水と、迷惑行為はエスカレートするばかりだった。
うちの家は地主宅をよく見渡せる位置にあり、近隣からの通報でパトカーが頻繁にやってくるのを何度も見かけた。
そんな騒々しい日々が三、四年ほど続いたある日、突然その迷惑行為がピタリと止んだ。
そして、息子の姿も消えた。
しかし、家の中では相変わらず同じクラシック曲がエンドレスで鳴り続けていた。
三日目、警官が乗り込んだところ――部屋の中で息子が死亡しているのが発見された。
パトカーが三台も来て捜査が行われたが、後に「餓死による死亡」で事件性はないと結論づけられた。これは町内会長から聞いた話だ。
その後、三ヶ月ほどして便利屋が深夜に何度も出入りし、家財道具を運び出した。
リフォーム業者が外装を一新し、その直後、別の五十代の夫婦が引っ越してくる。
この夫婦は地主一族とは無関係で、不動産屋から紹介されたらしい。町内会長もそう話していた。
彼らはとても穏やかな人たちで、引っ越しの挨拶もしっかり行い、常識的な生活を送っていた。だが――
半年も経たないうちに、またしてもあの家からクラシック音楽が流れ始める。
それと同時に、夫婦の様子が目に見えておかしくなっていった。
奥さんは髪を振り乱し、何かをブツブツ呟きながら歩き回り、旦那さんは仕事を辞め、庭で上半身裸のままうろつくようになった。
引っ越して一年ほどで、夫婦の息子たちがやってきて、無理矢理二人を連れ出す。その後、家は空き家になった。
近隣では「あの家は呪われている」という噂が決定的になり、誰も近づかなくなった。
空き家になってからも、クラシック音楽が鳴るという怪異が何度か報告されている(これはお隣さんから聞いた話だ)。
一昨昨年、この空き家を含む一角を不動産会社が買い取り、高級低層マンションの建設計画が持ち上がる。
夏には一帯が更地になったものの、直後にリーマンショックが起き、建設計画は白紙となった。
一年ほど放置された後、別の不動産会社が建て売り住宅の工事を再開。だが、その最中に事故が相次ぎ、大工二人が重傷を負う。
工事は一時中断されることに。
中断期間中、マイクロバスに乗った十五人ほどの集団が現れた。
彼らは巨大な護摩壇のようなものを設置し、数時間にわたって祈祷を行った。その場にはなぜか町内会長も同席させられたという。
祈祷の後、工事は再開され、事故は一切起こらず無事に住宅は完成した。売り出されると即完売となった。
町内会長(うちの爺さん)によると、地主一族は代々御稲荷様を信仰していたものの、爺さんが亡くなった後、その継承が途絶えてしまったそうだ。
祈祷が行われて以降、特に何も事件は起きていない。
こうして、この話も幕を閉じた――。
(了)
[出典:788:本当にあった怖い名無し:2011/09/18(日) 05:20:19.03 ID:3U0T7/6kP]