母から聞いた話を少し整理して書き直してみた。
母が十八歳くらいの頃、少し離れた場所で就職していた。職場は百貨店で接客業。長時間の通勤とハードな仕事で、肉体的にも精神的にも疲労困憊。肩こりもひどく、風呂やマッサージでなんとかごまかしていたが、限界が来て整体に行くことにしたらしい。
整体の先生は施術中、「ここが凝りすぎ」「体重を片足にかけすぎ」と説教をしてきたらしく、少しうんざりしていたそうだ。だが、「枕が合っていない」と指摘された瞬間、ドキッとしたという。というのも、母は当時、経済的に余裕がなく、昔から重ねた本にタオルを巻いて枕代わりにしていたのだ。そのクセは就職後も抜けず、即席枕を使い続けていた。それを見抜かれたようで、恥ずかしくなった母は「もうここには来ない」と決めた。
しかし施術の効果は抜群で、肩の軽さを実感した母は、翌日、勤め先の百貨店で新しい枕を買うことにした。当時は低反発やビーズ素材のものはなく、選べるのは羽毛や綿、ソバ殻といったシンプルな素材。高さの調節ができそうという理由でソバ殻枕を選んだ。
その晩、早速新しい枕を使ったところ、驚くほどぐっすり眠れた。快眠が続いた結果、職場の同僚から「最近、頑張ってるね」と言われ、話の流れで枕を新調した話をしたらしい。それを聞いた同僚も興味を持ち、同じソバ殻枕を購入。だがその後、その同僚がしょっちゅう遅刻するようになったという。理由を聞くと「熟睡しすぎて起きられない」とのこと。
母自身も同じ状況で、熟睡しすぎて一人では朝起きられないことが増えた。当時は実家暮らしだったため祖母が起こしてくれたが、休日になると寝疲れするほど眠り続けていた。それでも肩こりが楽になり、熟睡できるからいいか、と深く気にしなかった。
ところが、日を追うごとに眠りが深くなり、今度は仕事中に眠気が襲ってくるようになった。同僚も同様で、家に帰るとすぐその枕で寝る生活が続いた。疲れが溜まっているせいだろうと最初は思っていたが、祖母が「最近寝すぎじゃないか?」と心配し始めた。
その言葉を受け、母が枕に顔をうずめた瞬間、「何かがおかしい」と初めて違和感を覚えた。音?匂い?それとも感触?なんとなく気味が悪くなり、突如眠気が吹き飛んだ母は、何を思ったのか枕をハサミで切り裂いた。すると、ソバ殻が飛び散り、その中からポラロイド写真と短い髪の毛が出てきた。
写真には見知らぬ男性が竹林の中で手を振っている姿が写っていた。それだけでも十分不気味だが、枕の内側には赤黒い染みと、三本指で引っ掻いたような跡が残されていた。これを見た祖母は悲鳴を上げ、急いで塩を撒き始めたという。
母は恐怖に駆られながらも、枕の中身をビニール袋に詰め、お寺に持って行った。住職に事情を話すと、すぐにお祓いをしてくれたが、例の写真が頭から離れず、その夜は一睡もできなかった。
翌日、同僚にその話を伝えると、同僚も慌てて自分の枕を確認。同じく見知らぬ男性が写ったポラロイド写真(今度は海辺で手を振る姿)と髪の毛、そして二本の線がついた枕の内側が見つかった。同僚もすぐにお寺で供養をしてもらった。
二人で職場の寝具売り場担当に相談したが、「その枕は五個だけ入荷してすぐ売り切れた」と言われた。証拠もなく、担当者はただの冗談と思って取り合ってくれず、出荷元も特に怪しいところではなかったという。結局、残りの三個の行方も分からずじまい。
それから特に悪いことが起きたわけではないが、母は「いまだにソバ殻枕だけは使えない」と言っている。そしてこの話を、ちょっとした怪談として人に話すのが十八番らしい。
(了)