短編 洒落にならない怖い話

便所の魔物【ゆっくり朗読】

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大学の友人と四人で海へ旅行へ行ったときの話。

374 :本当にあった怖い名無し 2011/12/06(火) 17:11:44.28 ID:CODkYoz60

いつも仲良かった四人で旅行ってことで、ずっと前から楽しみにしてた。

実際、行きの車中とかでもいつも通りの雑談が普段より楽しかったりして、何かわけのわからない看板とか、建物とか見るたびに笑い話にしたり。

そんなテンションだったから、着いた民宿がすげーオンボロだったときも逆に盛り上がったりした。

やべ、費用おさえすぎた!(笑)みたいな感じで。

女将さんらしきお婆ちゃんに案内されるときも、他の客や従業員は全然見なくて、こんなボロい民宿だからシーズンでも客いないんかなーと思った。

板張りの床はでかい音でギシギシなるし、部屋にトイレは無くて、廊下の共同便所だった。しかも和式。

上から釣り下がった裸電球は盛大に埃をかぶっていて、ちゃんと掃除しろよ!と毒づきたくなった。

まあトイレから少し離れた俺らの部屋は案外と小奇麗にしてあったし、メインは昼間の海遊びだから、ま、いいか、みたいなノリになった。

とりあえず部屋に荷物置いて、早速泳ぎに出た。

日が暮れるまで何だかんだと遊びまくって、素泊まりだったので外で飯を食って、民宿に帰ったのは夜の九時頃だったと思う。

酒を飲みながらだらだらと話していたけど、昼間に泳ぎまくってたし移動の疲れもあって、日付が変わる頃になるともう眠くてダウン。

適当に雑魚寝になって寝た。

ふと深夜に目が覚めたのは何時ごろだったかな、たぶんそんなに長く眠った感じはしなかったので、二時とか三時くらいだったと思う。

友人の大きなイビキが聞こえる。

俺以外は爆睡してるっぽい。

自分がすごくウンコに行きたいことに気付いて、ああこれで目が覚めたんだと思った。

そういや民宿に帰ってきてからまだオシッコすらしていない。

うげえ、こんな夜中にあの便所かよー、なんか出るぜー、とかボーッとした頭で思いながら、友人を踏まないように気をつけて、便所に行くためにそろそろと部屋を出た。

床をギシギシ鳴らしながら、真っ暗な廊下を、半分手さぐりで進む。

明かりのスイッチは便所の外側にあった。

あの裸電球の有様を思い出して、もし点かなかったらどうしようかと思ったが、スイッチを押すとパチンと音がして、便所に無事明かりがついた。

予想通りというかなんというか、すごく弱弱しい明かりだったが、ともかく用は足せる。

俺は盛大にパンツを降ろして、きばり始めた。

シーンと、耳が痛いくらいの静けさ、っつーか寂しさ、っつーか。

俺の排泄音と息遣いの他には何の音もしない。

……ウンコ出にくい。

フン詰まりみたいだ。

和式だから足が痛ぇ。

あの子かわいかったな。

とかなんとか、真夜中のこんなホラーな便所にしゃがんでる怖さっていうか寂しさで、頭の中でいろいろ無関係なことも考えたりしながら、とにかく早く部屋に戻りたかった。

まあ母艦らしき、メインなブツは出しちまって、あとは残りを…ってなとこだった。

最初にそれが聞こえたとき、一瞬、『んん?』と思った。

俺の勘違いではないっぽい。

また聞こえた。

外の廊下がギシギシ鳴ってる。

どうもこちらに向かって歩いている。

この奥に客室だとかは無かったと思うから、この便所が目的地なんだろう。

手前の客室とかも、俺らの部屋以外に客は居ないようだった。

……ってことは、友人の誰かが目を覚ましてトイレに立ったのだろうか?

俺が部屋に居ないんだし、便所に明かりが点ってるんだから、空いてないってことくらい分からねぇかと思ったが、ひょっとしたら漏れそうだとか、腹をくだしたとか、その誰かさんも切羽詰った感じなのかもしれない。

それを裏付けるかのように、相変わらずギシギシと音を立てて、誰だかは止まることなく近づいてくる。

俺は便所の内鍵が閉まっていることを確認し、早く出てやらんとな、とまた下半身に力を込め始めた。

ついに誰だかが便所の前に到着した。

もしノックをされても、体勢的にノックを返すことは難しい。

なので、先に入ってること、もうすぐ終わることを知らせるべく、ドアの向こうに立っている誰だかに声をかけた。

「誰だ?康大か?入ってんのは俺だよ。わりぃな、もう済むから。それとも民宿の人??」

返事はなかった。

パチンと音がして、便所の明かりが消えた。

「はぁ?!おい何だよ!つまらねえイタズラやめろよな!」

自分の手も見えないような完全な真っ暗闇に、パニック気味になりながら叫んだ。

「お前ら、マジしゃれになんねーって!このトイレ超怖ぇーんだから」

返事はなかった。

ドアの向こうに突っ立ったまま動かないようだ。

くそ、出たらぶん殴ってやる、と思いながら急いで残りのウンコを済まし、紙の場所を思い出して手探りで巻き取っていると、ドアの向こうで何かぼそぼそと呟いているのが聞こえた。

声が小さすぎて何を喋っているのかも分からないどころか、友人のうちの誰なのかも見当がつかなかった。

ケツを拭いている間もずっとぼそぼそ呟いていて、イタズラにしては度が過ぎていると思った。

あまりの演出っぷりにもう怒りはおさまっていて、むしろ苦笑っつーか、よくやるわと笑けてきた。

またもや手探りで水を流し、俺は立ち上がった。

真っ暗闇で壁に手をつきながら内鍵を探す。

かんぬきが手に触れた。

ところがその段になっても、水の流れる音で少し聞こえにくかったが、相変わらずぼそぼそと呟いている。

「おい、もう出るぞ。お疲れさん。マジびびったわ。ドア開けるからちょっと離れてろ」

ドアノブに手をかける。

開かない……

意味が分からなかった。

ノブが回らない。

便所に外鍵などあるはずも無いし、なんで??

壊れたのかと思いながら、両手でおもいっきりやっても回らない。

んで、ようやく理由が分かって嫌な汗が出てきた。

ドアの外に立っている誰かが、ものすごい力でドアノブを掴んで、回させないようにしているのだ。

「へへ、まいった、もう降参だわ。勘弁してくれ」

俺はおどけて言いつつも、たぶん顔は笑ってなかったと思う。

水の流れる音が完全に終わり、また真っ暗闇とぼそぼそ呟く声だけに戻ったとき、俺はさらに汗が噴き出すのが自分で分かった。

明らかに呟く声が大きくなっている。

内容までは聞き取れないのは同じだが、水の流れる前は消え入りそうな囁きだったのが、水の音が消えた後では、確かに肉声がちゃんと聞こえる。

低く、男か女かも分からないような声。

その声を聞いたとき、俺はまたもやパニックに陥った。

だって、明らかに友人の誰かではない。聞いたことのない声。

かと言って友人でなければ、こんなことをする理由が無い。

こいつ誰なんだ?なんでこんなことする?さっきから何をぼそぼそ言ってる?

突然、声が止んだ。

強烈に嫌な予感がして、俺は内鍵を閉めた。

そのとたん、『ガツっ』とノブから音がした。

俺が鍵を閉めたから回せなかったのだ。

何度かガンガンとやっていたが、俺はそれを聞きながら、ドアの向こうに居るのは人間じゃないのかもしれない、と思い始めた。

その何かはまたぼそぼそと呟きはじめた。

またさっきよりも声が大きくなっている。

思い出したように、ガンガンとドアを叩いたりもする。

んで、俺は突然分かったというかなぜか確信したんだけど、このぼそぼそ呟いている声は、何か尋常じゃないくらい恐ろしいことを言っていると思った。

そして、何が何でも聞いちゃいけないと思った。

正確に言うと、何を言っているか理解してはいけない、と自分が知ってるような感じだった。

根拠は無かったが、不思議に当たり前のように確信した。

例えば、高いところから飛び降りちゃいけないのと同じくらいはっきりと、致命的な結果になることが分かった。

しかし、それが分かったところでどうしようもない。

むしろ声はだんだん大きくなってくる。

このままでは、聞きたくなくとも聞いてしまうし、それが日本語なら理解したくなくとも理解してしまう。

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いつのまにか俺は泣いていた。

大声で友人の名前を呼んだり、助けて助けてとか、ナンマイダとか、とにかく泣きながら必死になって叫びまくった。

自分が叫ぶことで、ドアの向こうからの声を打ち消したいってのもあった。

それにしてもおかしい。

深夜にこれだけ大声を出しているのだから、友人や民宿の人や他の客……が、いるなら起きてきてもいいはずなのに。

そうこうしている間にも、声はどんどん大きくなり続けてる。

もう自分で叫び続けていないと、はっきりと何を言っているのか分かってしまうくらい。

この声を聞いてはいけないと、何かとんでもなく恐ろしいことを言ってると、なぜか知ってる自分自身を恨んだ。

俺は叫びながら、鍵だけでは不安なのかこちらのドアノブを必死で押さえつけてたんだけど、もう駄目だと思った。

叫びすぎて喉がヤバかった。

きっとドアの向こうの声はもっと大きくなっていくだろう。

なんでこんなことにとか、俺はどうなってしまうんだろうって、もう泣いて泣いて何がなんだか分からなくなった。

俺は中指を耳の中に突っ込んで、さらに手のひらで耳を覆い、便所の隅に頭を向けて背中を丸めてうずくまった。

真っ暗闇なので、便所のどの辺りに顔を突っ伏しているか分からないが、もう汚いだとか言ってられる状況じゃない。

叫ぶ力も無くて、でも何か喋ってないと、耳をふさいでももうあの声が理解できてしまいそうなくらい声は大きくなってた。

俺がそのときパニックの中で何を言ってたか覚えちゃいないが、たぶん「神様、神様、助けてください」とかだったと思う。

トイレの神様に祈るなんて、今考えたら例のヒット曲もあいまってお笑いなんだが、もうそのときは必死だった。

そのとき、頭を誰かに触られた。

びくっとなって俺は顔を上げた。

ついに奴が入ってきたのかと思ったが、ドアの向こうでまだ呟いている。

いや、もう呟くなんてもんじゃない。大声だ。

一瞬、何を言ってるか理解しそうになって慌てて俺も叫んだ。

一単語すら聞かない間だったが、奴の発音は間違いなく日本語だった。

どうすれば良いのかまるで分からず、もう疲れてどうでも良くなった。

何を言ってるか理解したときどうなるかはしらないが、もう好きにしてくださいと投げやりになっていた。

俺は塞いでいた耳から手を離した。

その瞬間、真っ暗闇の中で手を強く握られ、引っ張られた。

『え?』っとか思ってるうちに、俺は壁があるはずのところを抜けた。

っていうか、その間に俺はもうドアの向こうからの声を聞いてしまっているんだが、聞こえてるのに頭に入ってこない。

意識は全て俺を引く手のほうに吸い寄せられてる。

前後左右も上も下もない真っ暗闇の中を、何だかよく分からないが引っ張られるままにどこまでも走れた。

だんだんあの恐ろしい声が遠くなっていき、ついには聞こえなくなった。

走り疲れてよろめいた。

派手に倒れて尻餅をついた。

身体以上に精神的に相当に疲労してる。

とにかく助かったんだ、とはっきり分かったとき、俺は気を失った。

意識を取り戻したとき、俺は便所にいた。

ドアを誰かがどんどんと叩いている。

俺はまたもやパニックになりかけたが、俺の名を呼ぶ声と「大丈夫か?!」という声が友人たちのものだった。

何より便所は今は明るい。ちゃんと明かりが点いてる。

鍵をあけた瞬間、勢いよくドアが開いた。

俺以外の三人の友人たちの顔が並んでた。

友人たちは心配そうな顔で俺を見ていたものの、大丈夫そうだと安心したのか、

「お前何してんの夜中に大声出して。巨大トカゲでも出たのか(笑)」とか冗談を言い始めた。

俺は友人たちの顔を見たときの半端ない嬉しさは途端に忘れて、何だか無性に腹が立って、

「何だよ今頃!っていうかあれ本当にお前らじゃねーのかよ!!」と怒鳴った。

友人たちは不思議そうな顔をして、

「今頃って……お前が廊下だか便所だかで『助けて!』とか叫ぶもんだから、俺ら飛び起きて、すぐ来たぞ。したらお前、便所にいるっぽいけど呼んでも返事ないし、騒ぎで民宿の人も今きたとこ」

見ると、ここに着いたときに部屋を案内してくれたお婆ちゃんが、少し離れたところに立ってた。

少し困ったようなような顔で、

「お客様、何かありましたんか?」などと言う。

でも、何かを隠しているというわけじゃなく、自分らの管理不足で、虫だか爬虫類だかが出たかもしれないことを心配しているような感じだ。

まさか友人の冗談を真に受けているわけでもないだろうけど。

俺は「いや何でもないです。すみません」と取り繕って、とにかく友人たちと部屋に戻った。

んでまあ、ごちゃごちゃと質問されたり何かとうっとうしいことがあったのだが、それは割愛します。

それからは特に何もない。

……これで終わりだ。

後日談

あの便所での体験を思い出すときに、ドアの向こうの何かや、俺を助け引っ張った何かはいったい何だったんだろう、と考えることもあるけど、その土地や民宿での因縁話やら思い当たるものも何も知らない。

まあ調べてもいないけれど。

だいいち、俺が便所で寝てしまって悪夢を見てただけって可能性もある。

あとやはり友人のイタズラだったとか。

でも、何かに手を引っ張られて走った感触は絶対に本物だった。

壁はないのに、床はどこまでも便所の床で、普通に考えりゃありえないんだが。

んで、それと同じくらい、あの恐ろしい声を、もしも聞いてたらヤバかったって確信も本物だ。

あのとき助けてくれた何かにはまだ礼も言ってない。

この話を書いたついでに、ここで言っとく。

まあ今更、こんなとこで言ったって、届くっつーか、伝わるわけはないけど。

ありがとうございました。

(了)

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