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短編 r+ ヒトコワ・ほんとに怖いのは人間

最後のチョコレート r+5809

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これは、数年前に友人の姉から聞いた話だ。

友人の姉は現在妊娠中だが、結婚前に勤めていた職場に千代子さんという親友がいた。明るく、誰にでも好かれるタイプで、美しいその人は、姉の人生において特別な存在だったという。

ある年の二月、二人は職場の義理チョコを買いにデパートへ行った。姉は当時交際中の男性(今の夫)に渡すための本命チョコと、同僚に配る義理チョコを用意した。一方の千代子さんは、義理チョコの中に一つだけ明らかに高価な箱を紛れ込ませていた。それを見た姉が「それ、本命チョコ?」と尋ねると、千代子さんは照れくさそうに頷き、「まだ付き合ってはいないけれど、この機会に告白しようと思って」と答えた。

その瞬間、姉は心から友人を応援する気持ちになったという。彼女の顔は幸福で溢れていた。


バレンタインデー当日。
姉は職場で義理チョコを配り、千代子さんにもお揃いのチョコを渡した。二人は、偶然にも同じ種類のチョコを選んでいて「さすが親友!」と笑い合った。和やかな雰囲気の中、仕事へ戻る姉。しかしその後、ふとした拍子で千代子さんの机の上に置かれていたチョコの箱が床に転がり、運悪く掃除用バケツに落ちてしまった。箱はびしょ濡れになり、もう使い物にはならなかった。

姉は焦ったが、すぐに「自分の持っていた同じチョコを代わりに置けばいい」と思いついた。甘い物が苦手な姉に対し、千代子さんは大のチョコ好きだったからだ。「そのほうが喜ばれるだろう」と考え、姉は迷わず自分のチョコを机に置いた。

翌日、千代子さんが妙なことを聞いてきた。
「昨日、チョコ食べなかったの?」
姉はぎくりとしたが、取り替えたことがバレたのか不安に思いながらも「うん、まだ食べてない」と笑顔で返した。それ以上深く考えることもなく、その日は過ぎていった。

だがその翌朝、職場に着いた姉は信じがたい事実を耳にする。
「千代子さん、昨夜亡くなったらしいよ」

呆然とする姉。信じられない。つい昨日まで元気だった千代子さんがどうして?
さらに追い討ちをかけるように、死因は服毒自殺だと告げられた。遺書もなく、その理由は分からないままだった。

姉は深い悲しみに沈み、自分を責め続けた。
「千代子がそこまで追い詰められていることに気づいてやれなかった……」


それから一年が経ち、姉は結婚し、妊娠をして幸せそうに見えた。しかし最近になって、彼女があの当時以上に青ざめた顔つきをしていることに気づいた。問い詰めると、姉はついに重い口を開いた。

「千代子が亡くなった理由が分かったの……」

姉の夫が、結婚前のバレンタインに千代子さんから告白されていたのだという。「正子とあなたが幸せそうで耐えられない。このままだと、自分を殺すか、正子を殺すかしてしまいそう」と。夫は千代子さんの感情を受け止め、真摯に断ったつもりだったが、その数日後に千代子さんは亡くなったのだ。

「私たちのせいだったのかもしれない」
姉は震えながら呟いた。しかし、それ以上に彼女を苦しめているのは別の思いだった。

「自殺だったら、まだ良かったのに」

あの言葉が頭を離れないのだという。「チョコ食べなかったの?」と千代子さんが言ったときのあの笑顔。それに、自殺の兆候もない突然の死。あの日、自分が取り替えたチョコレート。

もしも千代子さんが選んだ道が、「正子を殺す」だったとしたら――?

姉は真実を知ることが怖いと言った。それでも、彼女が涙をこらえながら最後に呟いた言葉が耳に残る。

「私の代わりに、彼女がチョコを食べたんだよね……?」


どうしてもその可能性を否定できない自分がいる。
ただ、それが事実であれ、単なる思い込みであれ、妊娠中の姉の心の負担にならないことを祈るばかりだ。

(了)

[出典:707 名前: あなたのうしろに名無しさんが…… 投稿日: 2002/12/01 21:24]

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