じいさまに聞いた話。
861 :本当にあった怖い名無し:04/11/29 01:47:12 ID:ULDwsM1m
昔じいさまが住んでいた村に、頭のおかしな婆さん(仮名・ウメ)が居た。
一緒に住んでいた息子夫婦は、新築した家に引っ越したのだが、ウメは「生まれ故郷を離れたく無い」と村に残った。
しかし他の村民の話では、「足手まといなので置いて行かれた」そうだ。
その頃からウメは狂いはじめた。
普通に話しをしているかと思うと、いきなり飛びかかり腕に噛み付く。腕の肉が削り取られる程に。
そんな事が何度かあると、ありゃあ、人の肉を食ろうておるんじゃなかろうかと、村中で噂が広まった。
まだ子供だったじいさまは、「なぜ警察に言わんのね?」と言うが、
「村からキチガイが出るのは、村の恥になる」と大人は言い、逆にウメの存在を、外部から隠すそぶりさえあったという。
風呂にも入らず髪の毛ボサボサ、裸足で徘徊するウメは、常に悪臭を放ち、日に日に人間離れしていった。
村民は常に鎌等を持ち歩き、ウメが近付くと「それ以上近寄と鎌で切るぞ」と追い払う。
そんなある日、二、三人で遊んでいた子供達がウメに襲われ、その内の一人は小指を持っていかれた。
襲われた子の父母は激怒。ウメの家に行き、棒で何度も殴りつけた。
止める者は誰一人いなかったという。
「あの野郎、家の子の指をうまそうにしゃぶってやがった」
遂にウメは、村はずれの小屋に隔離されてしまう。
小屋の回りはロープや鉄線でグルグルに巻かれ、扉には頑丈な鍵。
食事は日に一回小屋の中に投げ込まれ、便所は垂れ流し。
「死んだら小屋ごと燃やしてしまえばええ」
それが大人達の結論であった。
無論子供達には、「あそこに近付いたらいかん」と接触を避けたが、じいさまはある時、親と一緒に食事を持って行った。
小屋に近付くと凄まじい悪臭。
中からはクチャクチャと音がする。
「ちっ、忌々しい。まーた糞を食うてやがる」
小屋にある小さな窓から、おにぎり等が入った包みを投げ入れる。
「さ、行こか」と、小屋に背を向けて歩き出すと、背後から「人でなしがぁ、人でなしがぁ」と声が聞こえた。
それから数日後、じいさまの友人からこう言われた。
「おい、知っとるか。あの鬼婆な、自分の体を食うとるらしいぞ」
その友人は、親が話しているのをコッソリ聞いたらしい。
今では、左腕と右足が無くなっている状態だそうだ。
ある日、その友人とコッソリ例の小屋に行った。
しかし、中から聞こえる「ヴ~、ヴ~」との声にビビリ、逃げ帰った。
「ありゃあ、人の味に魅入られてしもうとる。あの姿は人間では無い。物の怪だ」
親が近所の人と話しているのを聞いた。
詳しい事を親に聞くのだが、「子供は知らんでええ」と何も教えてくれない。
ある夜に大人達がじいさまの家にやってきて、何やら話し込んでいる。
親と一緒に来た友人は、「きっと鬼婆の事を話しておるんじゃ」
二人でコッソリと一階に降りて聞き耳を立てるが、何を言っているのかよくわからない。
ただ、何度も「もう十分じゃろ」と話しているのが聞こえた。
次の日の朝。
朝食時に、「じいさま、今日は家から出たらいかん」と父が言うので、「何かあるんか?」と聞くと、「神様をまつる儀式があるで、それは子供に見られてはいかんのじゃ」と説明した。
しかたなく二階から外を眺めていると、例の小屋の方から煙りがあがっているではないか。
「お父、大変じゃ!鬼婆の小屋辺りから、煙りが出ておるぞ」
しかし父親は、「あれは畑を燃やしておるんじゃ。下らん事気にせんと勉強せい!」と、逆に怒られた。
それから数日は、相変わらず小屋に近付く事は禁止されていた。
しかし、ある日友人とコッソリ見に行くと、小屋があった場所には何も無かったそうだ。
後日談
小屋が無くなってから数日後、じいさまの友人(清蔵)と共通の友人(平蔵)とで集まった時に、平蔵が「兵右衛門から聞いたんじゃが、なんでも夜中に、鬼婆の霊が兵右衛門の家の戸を叩きよるらしいで」と話した。
家に帰り、その事を父に伝えると、
「人は死んだら戻って来るでな。なーに、四十九日が過ぎれば無事成仏するで、気にする事ぁねえ」
「でも、なして兵右衛門の家に戻るのね?自分の家に戻りゃあええのに」
「ウメさんは少し変わっていたでな。帰る家を間違がえてるだけだで」
とアッサリ言ったので、じいさまは「なんだ、あたりまえの事なのか」と思った。
ところがそうでは無かった。
どうも兵右衛門の親が、くじ引きか何かでウメがいた小屋を燃やす役目になってしまい、それがウメの恨みを買ってしまったらしいのだ。
それは近所の大人達が、
「兵右衛門の家に、またイブシがやって来しゃったらしい」
「小屋を燃やしたもんで、怨みを買うたんじゃろ」
と話をしていたのを聞いたからだ。
このイブシ?(聞いた事のない言葉だったので忘れてしまったらしい)という言葉は、この村だけのいわゆる『隠語』というやつで、恐らく『幽霊』の意味ではないかとじっちゃんは言った。
大人達は、
「ウメの霊の事は村民以外には話すな。話すと霊がその人の前にやって来る」
と言うので、それを恐れた子供達は、誰一人として話さなかった。
また、大人達は隠語を使う事により、うっかり他の場所で喋っても、村の恥部が他人に漏れずに済む。
とにかくそこの村民は、自分の村を守る事に必死だったらしい。
夜な夜なやってくるウメの霊に、兵右衛門の家族は疲れてしまったのか、
「わしらも子も眠れんで困っとる。家を出るしか無かろうか?」
と、じいさまの家に相談にやって来た。
じいさまの父は、
「しばらく家を捨てるしかあるまい。最悪、あの家は一度ばらしなすって、作り直しゃあええ。その間は家に住みなっせい」
こうして兵右衛門の家族は、じいさまの家に同居する事に。
さっそく自分の部屋で、じいさまは兵右衛門にこう聞いた。
「なぁなぁ、兵右衛門は鬼婆のお化けを見たんか?」
「見とらん。ただ、家のドアを叩く音が毎晩するんじゃ」
「風とかじゃ無かろうか?」
「知らん。最近は耳に布切れ押し込んで寝てまうで、音は聞こえんが、一晩中電気がつけっぱなしなもんで、全然眠れんわ」
「おい。今日のイブシ除けは済みなすったか?」
と、父が母に指図をする。
イブシ除けとは、いわゆる『魔除けの一種』で、玄関の軒先に、スルメや餅や果物等をぶら下げておくのだ。
この村では、人が死ぬと毎度行う儀式だった。
「朝になると、吊るしておいた食い物が無くなっとるんじゃ」
と兵右衛門は言うが、
「いや、猿に持っていかれたんじゃろうて」
とじいさまは否定した。
それでもじいさまは不安だった。
「兵右衛門の家族が家に来た事で、鬼婆も家にやって来るんじゃなかろうか?」
と、嫌な予感があった。
そして夜、じいさまの隣では兵右衛門がぐっすりと寝ている。
耳から詰めた布が、はみ出しているのが可笑しかった。
下の階では、ガヤガヤと大人達の声がする。
しばらく天井をボーッと見ていると、「ドンドンドン」と太鼓のような音が響いた。
同時に大人達の声も、一瞬ピタリと止んだ。
じいさまの予感は適中した。ウメが家の玄関を叩いてるのだ。
じいさまはそう思うと恐くなり、ユサユサと兵右衛門を揺り起こした。
「ううん……なんねー」
と寝ぼける兵右衛門に事情を説明。
共に震えながら、大人達のいる一階に降りて行く。
大人達はボソボソと何かを喋っている。
じいさまが怯えながら
「お父……」
と言うと、
「気にする事ぁねえで、さっさと寝なっせ」
またガヤガヤと、大人達は別に気にする事なく、普通にビールを飲みはじめた。
次の朝、兵右衛門と一緒に玄関を出ると、魔除けの食い物が無くなっていた。
「な?俺の言う通じゃろ?」と兵右衛門が言う。
その事を親に聞くが、「あれは朝1にしまい込むでな」と答えるだけであった。
そしてソレはしばらくの間続いたが、ドアをノックする音がしなくなると、
「ああ、四十九日が終わったのだな」と思った。
その村では、四十九日が過ぎるまで墓を作らなかった。
遺体は火葬か土葬をしておき、四十九日が来るまでは「魂を遊ばせておく」そうだ。
村のはずれには集合墓があり、村人はここに埋められ墓が作られる。
しかし、ウメの墓は別の場所に作られる事になった。
「御先祖様の墓とキチガイの墓を一緒にするのは申し訳ない」という理由だそうだ。
死んでもなお村人として扱われないウメに、じいさまは少し同情したが、怒られるのが恐いので、口にする事はしなかったそうだ。
そして、ウメの墓は川原に作られた。
墓といっても一、二本の縦長の板で出来た簡易な物で、さらにその回りには囲いも何も無く、「ただポツンと立っていた」そうだ。
しかも、川のすぐそばに立てられている為、ちょっと強い雨が降ると、増水した川に流されてしまう。
実際ウメの墓は、一ヶ月もしない内に流されてしまった。
流されるという事は、人に忘れられてしまう。
まさに『水に流す』のである。
流されてしまってはしかたがない。俺達は悪く無い。
そんな『自分勝手な不可抗力』という名の殺人や非道が、その村ではあたりまえに行われていたらしい。
身内がそばに居ないというだけで、人一人が村ぐるみで消されてしまう恐怖。
そして、それをあたりまえと思う大人達に、じいさまは恐怖した。
「自分も大人達の機嫌を損ねたら、何されるかわからん」と……
だから、その村では大人が絶対であり、いわゆる『不良』と呼ばれる子供もいなく、子供は大人達の従順者であった。
「村落という閉鎖的な場所で、独自的な文化を持つというのは恐ろしい事で、そこでの常識は常に非常識だった。
あのまま村で大人になったら洗脳されて、あの大人達と同じになっていただろう。
だからお前は、たくさん友人を作って、色んな人の意見に耳を傾けて、常に自分の行動に間違いが無いか疑問を持て」
と、死んだじいちゃんは語ってくれた。
(了)