あらすじ
漁を終えた母親は、獲った魚と幼い息子・浜吉の手を引いて家路を急いでいた。
途中、疲れ果てて眠りかけている浜吉を起こしていると、目前の岩の上に「みちびき地蔵」と呼ばれる地蔵が見えた。
この地蔵には「死ぬ人が前日にお参りに来る」という言い伝えがある事を母親は思い出していると、ちょうどそこへ村の婆さんがふわふわ浮かび上がりながら地蔵を拝み、空へ消えていく姿が見えた。
「あのお婆さんは病気だったからなぁ……その後ろの若い男は事故にでも遭うのかな……赤ん坊を抱いた若い女?お産に失敗してしまったのかな……」
等と順番待ちで並んでいる人々を見ているうちに、母親はやけに大勢の人々がお参りに来ている事に気付く。
しかも、人々に混じって馬までも見えた。
やがてそれらは空へ消えていった。
「これは明日何かが起こるのかもしれない……」
と恐ろしい気持ちになった母親は、既に目を覚ましていた浜吉とともに大急ぎで自宅へ帰った。
この事を夫に話したが「狐にでも化かされたんだろう」と笑い飛ばされてしまった。
その次の日は、月の内一番潮が引く大潮の日だった。
それもいつになく遠くまで潮が引いており、満潮近くの時間になっても潮が満ちる気配はなかった。
浜吉親子を含む村中の人々が浜辺で楽しそうに海藻を取っていたが、浜吉の母親だけは昨日見た事が頭から離れず、不安が募っていた。
そんな時、急に大きな津波が押し寄せてきた。
浜は騒然となり、浜吉一家も大急ぎで小高い丘へ駆け上がった。
大波は浜辺のみならず村をも飲み込んで丘の前で砕け散り、一家は難を逃れた。
「昨日見た光景は、本当だったんだ……」
と母親は慄きながらも納得していた。
この時六十一人の人が亡くなり、六頭の馬が波に呑まれたと、当時の村の書付に記録されている。
「みちびき地蔵」は死者を導くありがたいお地蔵様として、線香や献花が絶えなかったという。
(了)