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中編 集落・田舎の怖い話

さえがみさん【ゆっくり朗読】2500

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俺は子どもの頃は超がつくド田舎に住んでいた。

山々に囲まれた閑静な農村地帯だった。

その村では一年のうちで、ある月の満月の日の前後一週間は、絶対に山に入ってはいけないという決まりがあった。

村の子どもたちにはその期間は山の神様が降りてこられる日だからと聞かされていた。

その期間は山の入り口のところにある、俺らが『さえがみさん』と呼んでいた道祖神様の祠の前で、山から村に入る道に注連縄を張って道祖神様を御祭りしていた。

このお祭りの間は子どもだけでなく大人たちも決して山に踏み入ることは許されなかった。

村の子どもたちは物心ついたときから厳しく戒められているのと、山に入っても楽しい時期でもなかったこともあって、わざわざ叱られるのを覚悟で山に分け入るやつはいなかった。

とはいえ、腕白盛りの子どもたちのことだから、それでも数年に一人か二人は無謀にも山に入ろうとする馬鹿が現れるのが常だった。

隠れて山に入ったのが見つかったやつは、厳しく叱られて頭を丸坊主にされて学校を休まされた上で、隣村にある神社で泊り込みで一週間修行させられるというお仕置きが待っていた。

それを見た村の子供たちは、お仕置きを恐れて期間中は山に入らない
→ 世代交代した頃にまた馬鹿が現れる
→ お仕置きを見て自重
→ 忘れた頃にまた……ということが繰り返されていた。

ここまでの話だと、田舎によくあるわけのわからない風習で終わってしまうのだけど、俺が小学六年のときにその事件は起こった。

起こったといっても俺自身が『ナニカ』を見たというわけではないし、『ソレ』自体も単なる村の風習と精神錯乱で、オカルトとは関係ないと言われればそれまでかもしれない。

ただ、村の禁を破って山に入った俺の従兄弟の妹が精神に異常をきたしてしまい、その兄も責任を感じてかその後おかしくなってしまったという事実だけが残っている。

その年は従兄弟の親父さんがお盆に休みを取れないということで、お盆の帰省の代わりに季節外れのその時期に、両親と兄妹の一家四人で里帰りしてきた。

普段だったら誰も訪れないような時期のことである。そして、それが全ての間違いの元だった。

村の子どもたちはその時期に山に踏み入ってはいけないと厳しく教えられていたが、従兄弟たちは普段はこの時期には村には帰ってきていないのでそのことは知らなかった。

祖父と祖母が従兄弟たちにそのことを教えたが、都会育ちの従兄弟たちにとってはイマイチ理解できていなかったのかもしれない。

あるいは古風な村の風習だということで迷信だと馬鹿にしていたのかもしれない。今となっては知るすべもないことではあるが。

従兄弟たちが普段帰省してくる夏休み中であれば、俺たちも学校が休みなので一日中つきっきりで遊びまわれるが、あいにくとその時期は平日で俺たち村の子どもたちは学校に行かなくてはいけなかった。

学校が終われば俺たちは従兄弟たちと一緒に遊ぶわけだが、少なくとも午前中は従兄弟たちは彼ら兄妹だけで遊ぶことになる。

俺たちが学校に行っている間は祖父母が山に入らないように見てたりするわけだが、さすがに常につきっきりというわけにはいかない。

それでもまぁ、三日目くらいまでは従兄弟たちはおとなしく祖父母の言いつけを守っていた……少なくともそう思わせていたわけだ。

問題が起こったのは、従兄弟たちが村にやってきて四日目のことだった。

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『さえがみさん』の御祭りも丁度中日で、その日が満月の日だった。

俺たちが学校に行っている午前中に、祖父母に隠れて従兄弟の兄要一が妹順子を連れ出して、こっそり山に入ってしまったらしい。

要一は祖母に「妹と川で遊んでくる」と言って出かけたそうだが、俺たちが土曜日で昼頃に家に帰って川に要一を探しに行ったら姿が見えなかった。

最初はもしかして事故かと思ったけど、川に行くときにいつも自転車を止めさせてもらうことになっている友人の浩司のおばちゃんに聞いた。

「朝から来てない」とのことで、俺は友人たちと一緒に要一たちを探すことにした。

そうしたら友人の清治が山の入り口の近くの木陰に、祖父の家から要一が乗って行った自転車が隠すようにおいてあるのを見つけた。

あいつら、隠れて山に入ったのかと思って追いかけようとしたけど、厳しく山には入るなと言われていたこともあって、その前に祖父に知らせることにした。

家に帰って祖父に知らせたところ、祖父は「それは本当か!」と普段は温和な祖父らしくない形相で聞いてきた。

それを聞いた祖母は血の気の引いた顔をしていた。

叔父(要一の父親で祖父の子で俺の親父の弟)も心なしか顔色が悪かった。

叔母(要一の母親)は何が起こっているのか理解できていない様子だった。

祖父は俺から話を聞いてすぐにどこかに電話していた。

そのあとはもう大変だった。

村の青年団が『さえがみさん』(道祖神様)の社のある山の入り口に集合して、長老たちが集まって何事か話し合っている。

いくら村の決まりごととはいえ子どもが山に入ったくらいでこれはないやろと思ったのを覚えている。

そのあとのことだけど、青年団が山の入り口に集まってしばらくした頃に、要一が何かに追いかけられるかのような必死の形相で山道を駆け下りてきた。

それを見た祖父が『さえがみさん』のところに供えてあった日本酒と粗塩の袋を引っ掴んで酒と塩を口に含んでから自分の頭から酒と塩をぶっ掛けて、それから要一のところに駆け寄って要一にも同じように頭から酒と塩をかけていた。

その後で要一にも酒と塩を口に含ませていた。

酒と塩を口に入れられた要一はその場でゲェゲェと吐いていた。

要一が吐き出すもの全部吐き出してから祖父が要一を連れて戻ってきた。

祖父と要一が注連縄を潜るときに、長老連中が祖父と要一に大量の酒と塩をぶちまけるようにぶっかけていた。

その後、要一は青年団の団長に連れられてどこかへ連れて行かれた。

あとで聞いたところによると、隣村の神社だったらしい。

それと妹の順子だけど、何故か祖父も含めて山に入って探そうとはしなかった。

不思議に思って父に聞いたら「今日は日が悪い」と言って首を横に振るだけだった。

叔母が半狂乱になって「娘を探して!」と叫んでいたが、悲しそうな諦めの混じったような表情の叔父がそれを宥めていたのが印象に残っている。

結局、順子はそれから四日後に山の中腹にある山の神様の祠で保護された。

後で聞いた話ではそのときにはもう順子は精神に異常をきたしていたそうだ。

発見された後で順子は何故か病院ではなく、兄と同じく隣村の神社に送られたらしい。

このとき、村の長老たちの間で一悶着あったらしいとかなり後になって父から聞いた。

後日談

順子は今でも隣村の神社にいるらしい。

表向きは住み込みで巫女をしているということになっているけど、実際は精神の異常が治らずに座敷牢みたいなところで監禁に近い生活を送っているそうだ。

このことは一族内でもタブーとされていて、これ以上詳しいことは聞き出せないんだ、すまん。

監禁の件は親父を酒に酔わせてやっと聞き出せたくらいだし。

要一の方だが、彼は一時期は強いショックを受けていて錯乱気味だったけど、その後は心身ともに異常はなく普通に生活を送っていたそうだ。

あの事件以降は叔父一家は帰省しなくなったので、俺が直接要一に会うことはそれ以降なかったわけだが、その後、要一は妹をおかしくしてしまったのは自分の責任だと思い詰めて精神に異常をきたしたらしい。

おかしくなった要一は十八歳のときに、妹が見つかったという山の神様の祠の前で自殺したと聞いた。

そのときには俺は進学で村を出ていたので、その話を聞いたのは成人式で村に帰省したときだった。

(了)

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