これは母親が体験したものではなく、祖母(母親にとって姑になります)が体験した話を母親が聞いて、それを自分が聞いたものです。
投稿者「石屋 ◆JeCX6O8A」2013/09/08
自分が小学生の頃の話で、祖母は糖尿病を患っておりそのせいで足が悪く、普通の人よりも歩くのに時間がかかっていました。
そんな祖母が、ある休日に夫(自分にとって祖父)と一緒にお出掛けする事に。
その場所とは、日本一の石段がある所で有名なS院というところ。
無論祖母は足が悪いので石段を登ることはせず、車でそこまで行ったのですが、車を置いている場所からは多少は歩かないといけません。
車を置いた場所から歩き、日本一の石段ほどではありませんがS院の前の石段を足が悪いので難儀しながら登り、、そしてお参りをしました。
お参りをした後、祖父が(今はあるか分かりませんが)お茶を売っているのでそれを買ってから帰ろう、と言いました。
『どこどこの何々が何に効く』といった風に、ここのお茶は糖尿病に効く、と言われているそうです。
医学的に効くかどうかは分かりませんが、まあお茶なら毎日飲むものだしあっても困らないから、という理由で、休日のお出掛けがてらここに来たんだ、と祖父は言いました。
しかし休日ということもあってか販売所のところは人が多く、しばらく待たねば買えない状況になってるようだったので、
「お前、先に車の所に戻ってろ。足が悪いから戻るまでに時間がかかるだろう?そうしたら、車に戻ってる間にお茶を買って、追い着くかもしれないから」
と祖父が祖母に言い、祖母は頷いて車の所まで先に戻る事にしました。
石段を降り、車の所までの道を歩き始めます。
アスファルトで整理されたようなものではなく、土をならして作った山道のような道でした。
歩き始めて少しした時に、足に違和感を感じ始めます。
鼬か狐か猫のような、毛の付いた小動物が纏わりつくようなそんな感覚。
もちろん足元を見てもそんなものはいません。
『石段を登ったり、今日は足の調子が悪いのかしら』
祖母は最初そう思ったそうですが、何となく嫌な感じがしたそうです。
足に纏わりつくものを感じながら歩いていくと、不意に後ろから誰かの鼻息が聞こえ始めました。
ふぅー……ふぅー……ふうー………
荒く、興奮し、こちらを威嚇するような鼻息が耳に届きます。
誰かいるのかしら、と振り向こうとする前に気付きます。
敗れた編み笠を被った山伏が自分を追ってきている、と。
何故見もせず山伏だと分かったのかは分かりません。
脳で直接見るような感じだったそうですが、山伏だと確信したそうです。
後ろから耳元で囁いているのではないかと思うほど強烈に鼻息が聞こえます。
『あれに追いつかれたら死ぬ』
理屈ではなく本能的にそう直感して足を動かします。
相変わらず足には纏わりつく感覚が残っていました。
少しづつ少しづつ、後ろのものが近付いてきてるのが分かります。
というのは、鼻息に混じって何らかのお経のようなものを唱えているのが徐々に聞こえてきたからです。
ふぅー……××× ふぅー……××× ふぅー……×××
鼻息の合間に紡ぐように呟かれる声が、明らかに自分に向けられていると理解すると恐怖が全身を包みます。
周りの空気も重くなっているように感じ、足が悪い事も重なってなかなか早く進めません。
追いつかれるかもしれない。
と思うのと同時に、祖母は思い出しました。
この先にお地蔵様があるという事を。
来る途中にお地蔵様が道の脇にあったのを見ていたのです。
『あそこまで行けば守ってくださるかもしれない』
希望が生まれた祖母は弱る足に気合を入れて歩く速度を速めます。
後ろから聞こえ続ける鼻息の恐怖に耐えながら必死に進むと、確かに見えました。お地蔵様です。
祖母には道の脇に鎮座したお地蔵様がどれほど頼もしく見えたでしょうか。
とにかくあそこまで行けば助かるはず!ひたすらに足を動かしました。
鼻息が更に荒くなった気がしました。
ようやくお地蔵様の前まで来た時、一瞬自分の足に目を向けて(恐らくまだ足に纏わりつく感覚があったので足を見たのだと思います)
体に対して横にあるお地蔵様を見ると、あろうことかお地蔵様が巨大化していました。
自分の身長より大きく(祖母の身長からすると180cmくらいに)なったお地蔵様に驚き、ふっ、と見ると顔が恐ろしく変貌しています。
普通は閉じているはずの目は大きく開き、口からは牙が生え、そう般若のような……
あるいは不動明王のような激しい怒気を秘めた顔になっていたのです。
祖母は愕然としました。
助けてくれるかもしれない存在がそのような姿になったのですから。
この地蔵の所を過ぎれば車のある所まではもう少しなのですが、そこに行くまでに後ろからきている山伏に追いつかれるかもしれない。
祖母はそう思いましたが、お地蔵様がこうなっている以上歩くしかありません。
とにかく車の所まで、と思い再び歩き始めると、道の先の方で何かの音がします。
少し行くと、大工さんか何かまでは分かりませんが伐採の作業をしている人が見えました。
そして甲高い、チェーンソーの音が鳴り響きました。
その音を聞いた瞬間重苦しい空気が霧散し、足に纏いつく感覚も無くなり、そしてあの後ろで襲い掛かるような勢いで聞こえていた鼻息とお経のような声も聞こえなくなりました。
慌てて振り返ると、そこには何も、誰もいません。離れた所に見えるお地蔵様も元の大きさに戻っています。
助かった、と祖母は胸を撫で下ろし車の所で祖父を待ちそのまま帰ったそうです。
この話を当時ガソリンスタンドでパートをしていた母親が大学生のアルバイトの人に話したそうです。
夏休み中で当時は怪談特集をTVでよくやっていた時代ですから、昼休みにTVで怪談特集を見ていた流れから「そういえば……」と言って話し始めたそうです。
「……で、足に纏わりつく感じがして……」
「……ちょっと待ってくださいおかあさん。それってもしかし、てその後鼻息が聞こえてきて見てないけどそれは山伏だと分かって、そして途中の地蔵が大きくなっていて顔が般若みたいになってた、って話じゃないですか?」
「あれ?この話したっけ?ごめんね」
「違いますよ。それと同じ話、俺の彼女のお母さんから昨日聞いたばかりなんですよ」
「え……」
聞けば、アルバイトの彼女さんのお母さんもS院に行ってお参りし、車の所まで戻る間に祖母と同じ出来事に遭遇したとの事。
そのお母さんの場合はチェーンソーの音ではなく、軽トラか何かの車の走る音で元に戻ったとか。
「同じ体験してるなんて……怖いですね」
「そうだねぇ……」
クーラーが効いている休憩室だったのに冷や汗が背中を流れたのを今でも覚えている、と母親は締めくくりました。
この話を読んだ方でこれからS院に行かれる方はご注意ください。
(了)