20年前の話
当時、南半球の某国で語学留学をしていた。学生生活は貧乏だったが、そこで知り合った仲間たちとルームシェアをしながらなんとか暮らしていた。
ある日、新しい部屋に引っ越すことになった。
「君の部屋も用意してあるから一緒に来いよ」と誘われ、引っ越し先に向かった。新しい住まいは閑静な場所にある一軒家で、両隣にも同じような家が並んでいた。真夏にも関わらず、家の中はやたらとひんやりしていたのを覚えている。家具は最小限で、リビングの壁には間接照明付きの奇妙な人物画が掛かっていた。その絵がなぜか気になって仕方がなかった。
引っ越しが終わって数日後、仲間たちを呼んで引っ越しパーティーを開いた。15人ほどが集まり、飲んで騒いだ。夜が更けると、5〜6人が泊まることになり、俺を含めてリビングで雑魚寝をすることにした。
眠りに入ってからしばらくして、急に目が覚めた。
すると、例の絵が掛かっている壁の方から何やら音がするのに気づいた。最初は小さな音だったが、次第に大きくなってきた。金縛りにあったことはすぐに理解できた。体はまったく動かず、顔は壁側に向けられたまま固定されていた。
音が段々と大きくなり、ついに壁をすり抜けて聞こえるようになった。それが人の声であること、そしてその声がこちらに近づいていることがわかった。視線をそらせないまま、その声の主が絵から現れるのを見た。真っ黒な影が絵の中から出てきて、ブツブツと何かをつぶやいていた。そして突然、その影が俺に向かって突進してきた。
恐怖の瞬間
その影は一人目、二人目とすり抜けていき、彼らは「うっ!?」「あがっ!?」と苦しげな声を上げた。次に俺の番が来た。影が近づいてくると、何を言っているのかがわかった。
「シパシパシパシパ…」と繰り返しながら、影は俺の体をすり抜けていった。その瞬間、体の芯で何かが爆発するような感覚がして、飛び跳ねた。影が最後の5人目をすり抜けたとき、大音量の放屁が響き渡った。普段なら爆笑ものだが、恐怖のあまり笑うどころではなかった。
翌日、学校でこの話をクラスメートにしてみた。語学学校には様々な国から来た学生がいたが、韓国人の一人が特に驚いた顔で「本当に『シパ』と言っていたのか!?」と詰め寄ってきた。
彼は「シパは韓国語で『死ね』や『殺してやる』という非常に強い殺意を表す言葉なんだ」と教えてくれた。「無事でよかったな」と言われ、その意味に戦慄を覚えた。
あの日から数年後、俺は再び南半球のあの国を訪れた。
仕事での出張だったが、あの家のことが気になり、少し時間を作って訪ねてみることにした。
あの一軒家はすっかり様子が変わっていた。今では綺麗にリフォームされ、新しい家族が住んでいた。少し勇気を出してインターホンを鳴らし、家の歴史について尋ねてみた。家の主人は親切な人で、俺の話を興味深く聞いてくれた。そして彼は驚くべきことを教えてくれた。
「あの家には確かに昔、恐ろしい出来事があったそうです。前の住人が言っていたのですが、あの絵には呪われた歴史があると。その絵は実は19世紀の画家によって描かれたもので、彼はその絵を描いた後、謎の失踪を遂げたそうです。そして、その絵を所有した家々で奇妙な事故や怪奇現象が相次いだという話です。」
俺はその話を聞いて背筋が凍る思いだった。さらに調べてみると、その画家は当時のヨーロッパで有名なオカルト信奉者であり、彼の作品にはしばしば不吉な噂が付きまとっていたという。彼の最後の作品となったあの絵も、完成後すぐに呪われたとされ、持ち主たちは次々と不幸に見舞われたらしい。
「あの絵は今も家にありますか?」と尋ねると、家の主人は「いいえ、引っ越しの際に取り壊してしまいました」と答えた。それを聞いて少し安堵したが、同時に新たな疑問が浮かんだ。もし絵がなくなっても、あの呪いは本当に消え去ったのだろうか?
その後も、あの家の歴史について調べると、興味深い事実が次々と明らかになった。
どうやらその絵の背面には、画家が遺した暗号のようなものが書かれていたらしい。その暗号は未だ解読されておらず、謎に包まれたままだという。
その呪われた絵は、時を越えて多くの人々に恐怖をもたらし続けているのかもしれない。あの時の恐怖体験は、今もなお俺の心に深く刻まれている。