これは現在進行中の話。
一応自己責任系に入るかもしれないので、読む方はその点ご了承の上でお願いします。
自分はパワーストーンにはまっていて、色々集めていました。
集めてた理由は別に不思議な効果を期待したりではなくて、単純にキレイだから。
男のくせにキラキラしたものが好きで、でも当時社会人になったばかりの自分には高価な宝石なんて到底手が出ないので、安価なパワーストーンに流れたわけです。
一度集め始めると熱が入るもので、気がつけばちょっとしたコレクションと言えるくらいに色んな石を集めていました。
ある日、某ネットオークションで掘り出し物を探していた時、黒い卵形の石を発見。
ラブラドライトのエッグで、縦10cmくらいの大きさ。
ラブラドライトは自分も何点か持っていましたが、紹介写真のそれは、そのどれよりも綺麗で、神秘的な光を放っているように見えました。
……欲しい。凄く欲しい。
何故か異様に惹き付けられ、価格を見ると、意外なことに即決で破格の値段設定。
ほとんど捨て値と言ってもいいくらいで、「こんなにグレード高そうなのに……」と首を傾げました。
同じ石でもグレードで価格もピンキリですが、どう見ても最高級の逸品にしか見えないのに。
出品者の説明を見ると、海外旅行の際に買ったものということで、一度人の手に渡ったものだからこのくらい安くないと売れないのかも……と納得しました。
ことパワーストーンに関しては、他人のお古なんて絶対NGという人もいますから。
私はそういうのは全然気にしない性分だったので、すぐに落札しました。
程なくして、その石が届きました。
丁寧に梱包されていて、写真で見たとおり凄く綺麗なラブラドライト。
あまりに安かったので、もしかすると写真とは別の安物が送られてきたり?と一抹の不安もありましたが、間違いなく写真の石でした。
良い買い物をしたと上機嫌で、出品者にお礼を言おうとネットにアクセスすると、何故か出品者の登録情報が削除されていました。
そのラブラドライトは見れば見るほど美しく、その青白い輝きを見ていると何ともいえない恍惚感を感じ、その日はその石を握り締めて眠りました。
……その夜、妙な夢を見たのです。
どこかの薄暗い森の中、私は1本の大きな木に縛り付けられていて、目の前には小さな子供達が十人ほど立っています。
全員黒髪で肌は浅黒く、半裸に近い服装。まるでどこかの先住民のよう。
その子達が一様に、私を指差して、
『ナール、ナーシュ』
と繰り返すのです。
ナーシュ……?
意味が分からず呆然としていると、自分の頭上で『ズル ズルッ』と何かが動くような気配。
何か大きなものが、私が括りつけられている木の上にいる。
しかし確認しようにも首が動かず、上を向けない。
目の前では子供達が変わらず『ナール、ナーシュ』と繰り返しています。
よく見ると子供達は全員無表情で、まるで生気を感じない……
急に恐ろしくなった私は、無我夢中で身をよじって逃げようとして……目を覚ましました。
息が荒く、全身汗でびっしょり。心臓が激しく鳴っていました。
時計を見ると、もう朝。そこでさっきのが夢だったと理解して、安堵。
変な夢を見た。シャワーでも浴びようと二階の寝室から一階へ降りると、先に起きていた姉(当方実家住まいです)と遭遇。
「おはよう」
「おはよ。なにそれ、目、どうしたの」
「……目?」
言われて鏡を見ると、右目が真っ赤に充血していました。
それから数日、私は頻繁にこの奇妙な夢を見るようになりました。
縛られた私。『ナール、ナーシュ』と呟く子供たち。木の上にいる何か。
その度に汗だくになって飛び起き、夢だったと安堵する。
何か重要な意味があるのかもしれない……
最初こそ然程気にしなかったものの、こう続けて同じ夢を見ると、ただの夢だと片付けることも出来なくなってきました。
そしてこの夢を見た後は、必ず右目が充血しているのです。
思えば、夢を見るようになったのは、例の黒い石を購入してから。
あの石に何か関係があるのかも、と思うようになりました。
購入してからというもの、私はあの黒い石を常に持ち歩いていました。
見つめると不思議な恍惚感に囚われ、片時も手放したくなかったのです。
外出する時はポケットに。入浴の時は一緒に持ち込み、眠る時も手に持って。
文字通り肌身離さず大切にしており、今思えば少し異常なほどだったと思います。
けど、夢のことを考えると、何だか不気味にも思えてきて。
居間でテーブルの上にその石を置いてじっと眺めていた時、その日は親戚の家族が遊びに来ていたのですが、その小さい子供二人が私が見ている石に気付き、近寄ってきました。
五歳の健太くんと、七歳の舞ちゃん。
「何見てるの?」「なにそれ!見せて、見せて!」
今までこの石を誰かに見せたことは無かったのですが、子供にせがまれると
駄目とはいえず、二人に見せてあげました。
「すごい、綺麗だねー」「……あ」
はしゃぐ舞ちゃんとは対照的に、怯えたような様子の健太くん。
「どうしたの?」
「それ、こわい」
何故か健太くんは石を怖がっていました。
舞ちゃんは「なにそれー」と笑っていましたが、その場は何もなく、また二人は一緒に外へ遊びに行きました。
それから夜になって、夕飯も終わり、そろそろ親戚家族が帰ろうと帰り支度をしていた時。
私はキッチンで洗い物を片付けていたのですが、ふと背後に誰かが立つ気配を感じて
振り返ると、舞ちゃんが立っていました。
「舞ちゃん?」
何だか様子がおかしかったのです。
顔色が真っ白で、目つきも虚ろ。口の端には泡立ったよだれが垂れていました。
「舞ちゃん、どうしたの?大丈夫?」
屈みこんで顔を近づけると、舞ちゃんはぽつりと、
「……ナーシュ」
何が起こったのか分かりませんでした。
気がつくと私は顔を押さえて倒れていて、健太くんの泣き声が聞こえて。
それを聞きつけた親戚のおじさんがやってきて、私の姿を見るなり、「何があった!?」と大慌て。
私はすぐに起き上がったのですが、おじさんに「動かんでいい」と言われて椅子に座らされました。
私は右目のあたりから流血していて、ぼたぼたと床に血が落ちるのを放心状態で見ていました。
何?何で?今、舞ちゃんと話してて……
「おじさん、舞ちゃんは?」
「舞?舞ならそこにいるだろ。ちょっと待って、今母さんがタオル持ってくるから」
言われて見ると、舞ちゃんは私のそばに立っていました。
不思議そうな顔で、「お兄ちゃん、どうしたの?」と言う舞ちゃん。
足元には血のついた果物ナイフが転がっていました。
そう、さっきあれで、いきなり顔を。
でも……理由が分からない。
それに、私に切りつける直前、確かに言った。
「ナーシュ」と。
それからすぐに病院へ運ばれました。
幸いにも眼球は無事で、右目の上の眉あたりに痕が残ったものの、視力には問題ないということでした。
現場は誰も見ておらず、私の怪我は転んだ拍子にナイフで切った、ということで落ち着きました。
後でそれとなく舞ちゃんに聞いてみましたが、「気がついたらお兄ちゃんが倒れてた」と言っており、覚えていない様子。
私としても舞ちゃんを責める気になれず、むしろ「ナーシュ」と呟いていたのが不気味で、あまり深く追求するのはやめました。
その後、私は黒い石を持ち歩いたりすることはやめました。
きっとこれが原因だ。思えば舞ちゃんのことだって、直前にあの石に触らせた。
この石は何かおかしい……そう考え、石を手放すことに決めました。
とはいえただ捨ててしまう気にもなれず、霊感があるという友人の哲夫に相談してみることにしました。
哲夫には自分の霊体験など何度か聞かせてもらったことがありましたが、いつもは友達の間で半ばネタとして話していたので、私自身哲夫に本当に霊感があるのかは半信半疑でした。
なので、駄目もとでとりあえず連絡してみたのです。
「あ、お前か。久しぶりじゃん」
哲夫と連絡を取ったのは数ヶ月ぶりで、少し談笑したあと、本題に。
「哲夫さ、霊感あるっていってたよね?あれってマジ?」
「ん?……あ、やっぱりそういう話?」
何となく予感があったようで、哲夫の声が急に神妙になりました。
「俺がパワーストーンとか集めてたの、知ってるだろ?最近なんか変な感じの奴見つけてさ」
「それを見てほしいって?」
「うん……」
哲夫は少し黙った後、
「いいけど……なあ、お前、今周りに誰かいるか?TVとか点けてる?」
「いや、部屋に一人だけど?」
「あー……どうしようなぁ」
「何かまずいの?」
「いや……それじゃ、明日お前の家行っていいか?」
「え?いや、こっちから行くよ、悪いし」
「それはいい。俺が行くから、待っててくれ」
後日、お昼過ぎに哲夫が家にやってきました。
「おう」
「いらっしゃい。上がってよ」
この日は家族が全員出かけていて、いつになく強張った顔の哲夫を居間へ案内しました。
「……で、石っていうのは?」
「これなんだけど」
私が石を取り出すと、哲夫の顔色が変わりました。
「…………」
「哲夫?」
哲夫はじっと石を見つめた後、
「お前、こんなもんどうやって手に入れた?……誰かから貰ったのか?」
「いや、ネットのオークションで買ったんだけど」
「あぁ……」
哲夫は納得したように頷き、大きく息を吐きました。
普段楽天家で陽気な性格の哲夫が、見たことが無いほど神妙な顔をしているのを見て、私は何だか怖くなりました。
「何かやばそうなの?」
「……俺もよく分からんけど、何かの御神体みたいなもんじゃないかな」
「ごしんたい?」
「日本のじゃない、どこか外国の……まあ、ちゃんとした場所に預けた方がいいわ。あんまりいい影響は無いと思うし」
一呼吸置いて、
「お前、目ぇ大丈夫か?右目」
「えっ」
どきりとしました。
あの奇妙な夢を見た後は、必ず右目が充血するのです。
「この石見てると、目が痛い。何かあるんだろうな、これも」
「……」
「……なあ。この石、良かったら俺が預かろうか?」
いきなりの意外な言葉に、正直面食らいました。
「俺の知り合いに、こういうのちゃんと保管してくれる人がいる。その人に渡してやるよ」
「これ以上ここに置いていてもあれだしな……」
哲夫の申し出は、正直ありがたいものでした。
私としてもすっかり恐怖心が芽生えてしまい、この石を手放したいと思っていたのです。
「俺は助かるけど……いいの?」
「うん、まあ乗りかかった船だよ。多分その子らも、その方がいいだろうしな」
「ありがとう、助かる。……その子らって?」
「お前の周りに子供が沢山いる。何か全員、お前のこと指差してるぞ」
……正直、血の気が引く思いでした。
「じゃあ、受け渡しが終わったら連絡する」
そうしてその日、その石を哲夫に持ち帰ってもらい、私はやっと気苦労から解放されたと思いました。
今日からは安心して眠れる。そう思い寝床に着いたのですが、また、夢を見ました。
気がつけば薄暗い森の中。
大きな木があって、半裸の子供達がいる。ここまではいつもと同じ。
違ったのは、子供達が全員で私にしがみついていて、目の前の木に括りつけられているのが哲夫だということ。
哲夫は怯えた顔で私に何か叫び、必死に身をよじって逃げようとしていました。
見ると右目が抉られていて、血が黒い泥のように流れていて。
私も必死に逃げようとするけれど、子供とは思えない凄い力で押さえつけられて、それが十人いるのだからビクともしない。
「ナール」
「ナーシュ」
子供達が呟くと、哲夫が括りつけられた木の上の方で、何かが動きました。
いつもは見えなかった。けれど、この位置からは見える。
大蛇。
青白い鱗の大蛇が、木を伝って、哲夫の方へずりずりと降りてきて。
哲夫の頭の上で、大きく口を開けました。
哲夫は泣き叫んでいました。ただ、彼の声は聞こえない。
そのまま、彼の顔がすっぽりと蛇の口に納まり、蛇が身をよじると、あっさりと哲夫の首が千切られてしまいました。
私はそれを呆然と見ていて。
木に括りつけられた哲夫の胴体の上で、蛇がこちらへ顔を向けた。
右目が無い、蛇。
そこで目が覚めた。
時間は早朝。息が荒く、心臓が激しく鳴っていて。
全身汗でびっしょりで、顔は涙でぐしゃぐしゃ。
しばらくベッドの上で、自分の体を抱きしめて泣いていました。
哲夫が死んだ。蛇に喰われた。
でも夢、あれは夢だ。ただの夢。
そう自分に言い聞かせて、それでも落ち着いてから、念のため哲夫に連絡しようかと思いましたが、妙な不安に駆られて、向こうからのその後の連絡を待とうと決めました。
哲夫が交通事故で死んだと知ったのは、それから四日後。
車で走行中、トンネルの入り口付近で反対車線に飛び出して、対向車と衝突したそうでした。
私が事故現場に行った時には、もう事故の痕跡は殆どありませんでしたが、微かにガラスの破片やタイヤの跡らしきものが見られました。
……何で哲夫は死んだんだろう。
その痕跡を見ながら、ぼんやり考えました。
私のせいなのでしょうか。
あんな相談を持ちかけたから、哲夫はあの黒い石に、殺されたのでしょうか。
あの事故から十年近く経った今でも、後悔の念が消えません。
あの夢が哲夫の死と無関係だったとは到底思えないのです。
あの蛇と子供達は何なのか。
誰かに聞いてほしくて、この話を投稿しました。
何か分かる、あるいは知っている人はいませんか?
ただ、ごめんなさい。舞ちゃんや哲夫のこともあり、今まで誰かに話したことなんて無いから、これを読んだことで何か影響が出るものなのかは分かりません。
ただ、あの蛇はかなり執念深いようです。
今でもあの夢は見るし、私の右目は白内障で見えなくなってしまったし、哲夫の事故現場で拾った、あの黒い石の欠片も、いま手元にあるのです。
やっぱり、凄く綺麗……
(了)
ナールナーシュ ナール、ナーシュ