集落の風習
知人の家には、古い引き戸と新しい玄関ドアの二つの出入り口があった。これは彼女の故郷の集落に受け継がれる不可解な風習と深く関わっていた。集落で誰かが亡くなると、初七日から四十九日の間、その故人の霊が引き戸のある古い玄関を訪れると言われている。
引き戸の向こう側に浮かぶ人影は、最後の別れを告げるサインだった。ガラスの模様から、細部は見えない。ただぼんやりとした人型の影だけが、じっと立っているのが分かる。引き戸を開けると、そこには誰もいない。しかし、集落の人々は、その直前まで誰かの存在を感じ取っていた。
死者への思いやり
この風習の由来は誰にもわからない。ただ、死者の魂が最後に故郷を訪れ、そこから旅立つ過程があると信じられている。だからこそ、古い玄関は残されたのだ。死者への思いやりの心が、集落に代々受け継がれてきた。
新しい玄関は普通の客用で、引き戸のほうは死者専用と区別されている。昔は区別がつかず、おばけかもしれない客を不安に思いながら出迎えていたそうだ。
開けっ放しは絶対にNG
引き戸には、必ずねじ締め錠がかけられている。幼い頃から、「人が来たときだけ開けて、用が済んだらすぐ締めろ」と言い聞かされてきた。開けっ放しにしておくと、何者かが入ってくるからだ。死者への畏怖と尊厳が、そうした厳格な習慣を生んだのだろう。
しかし、実際に引き戸の向こうに見えるのは、ただの幻影なのか。それとも、長年の風習により何らかの存在が引き付けられているのか。その正体は不明のままだ。ただ、集落に根付く習慣には、決して無視できない意味があるはずだ。
後日談
数年後、彼女の家に大変な事件が起こった。引き戸のある部屋で、長年務めていた老婦人の家政婦が遺体で発見されたのだ。警察の調べによると、首を絞められた痕跡があり、殺人事件と判明した。
容疑者は見つからず、事件は迷宮入りしてしまった。そして、あの古びた引き戸に関する謎深い出来事が次々と報告されるようになった。夜中に引き戸から漏れる女性の悲鳴、ガラガラと鎖が引きずられる音、誰かの気配が感じられることも。
年月が経っても事件は解決せず、やがて人々は、殺された家政婦の怨念が引き戸に取り付いたのではないかと囁き始めた。警察も一か八か、オカルト番組を借りて家に呼び、引き戸の恐るべき秘密に迫ろうとした。