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中編 r+ カルト宗教

昭和五十二年の部屋 r+4,971

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中学の頃だった。家の裏にあるS山を、五人で登った。

普通に道を通るのが嫌で、あえて道なき斜面や木々の間を、獣みたいにすり抜けながら進んだ。汗の匂いと草いきれで息が詰まりそうになった頃、急に視界が開けた。そこには、ひっそりとした寺と、そのすぐ横に小さな家があった。

境内に足を踏み入れた瞬間、空気が変わった。地面に、神主や巫女が着る白い衣が、何枚も無造作に放り出されている。どれも泥で汚れ、色がくすみ、まるで何年も放置されていたようだった。寺へ近づいたが、人の気配はない。扉には鍵がかかっておらず、さい銭箱でも漁るかと覗いたが、金は一枚も入っていない。そのかわり、さい銭箱のそばにも白い衣が落ちていて、その上を黒くて太い芋虫が、ぬらぬらと這っていた。喉の奥がひゅっと縮み、視線を逸らした。

その時、連れの一人が外で叫んだ。「早く来い!」。寺の横の小さな家の前で、顔を引きつらせている。玄関は開いており、中に入ったらしい。「やばい、まじでやばい!」と、声が裏返っていた。引かれるようにして中へ入ると、吐き気がこみ上げた。

腐った匂いと、何か焦げた匂いと、湿った布の匂いが混ざった、説明できない悪臭。床は新聞紙、酒の瓶、弁当の食べ残し、破れた肌着、欠けた食器……家具は倒れ、部屋全体がゴミ溜めになっている。玄関横のカレンダーには、昭和五十二年の文字。色あせた紙が、時の止まった証のようにぶら下がっていた。

奥の部屋へ行こうとすると、匂いが一層強まる。暗い部屋の中央に、大釜がひっくり返っており、中からこぼれたドロドロの汁が、床に黒い染みを広げている。押入れは空っぽで、天井板が破れ、垂れ下がっていた。家具も家電も壊れたまま放置され、息をするのがつらいほどの腐臭が充満していた。

そして、その部屋の壁一面に、それは貼りついていた。

おむつ。

昼間の光を遮るほど、壁中に敷き詰められたおむつが、黄ばんだり黒ずんだりして、不気味に乾いている。そこから漂う臭気が、頭蓋の奥をぐらぐら揺らす。喉の奥から声が漏れたが、自分の声がやけに遠く聞こえた。

他の奴らは、恐怖より好奇心が勝ったらしい。荒れ果てた部屋を物色し、机の下から辞書を見つけた。妙に丁寧に置かれた漢字辞書。その前にはペンが添えられている。めくると、ページの端に何か書き込みがあるが、字は震えていて判読が難しい。最後のページにだけ、かろうじて読める文があった。

『○○○さまのおこえがきこえてくるようです』

背中を氷水でなぞられたような感覚。次の瞬間、仲間の一人が押入れの下段に寝袋を見つけた。「重い」と言いながら引っ張る手つきが、妙にゆっくりに見えた。

脳が、言葉より先に叫んでいた。「やめろ! 死体だ、それ! これ遺書だ!」。自分の声で自分がびくりとした。引っ張っていた奴も手を放し、後ずさった。

押入れの上を見た。天井の穴がぽっかりと開き、黒い闇が奥まで続いている。唇が勝手に動いた。「そっから……誰か来る……」。その瞬間、我に返ったように全力で逃げ出した。仲間も釣られるように叫びながら、寺を飛び出した。

山を下ってしばらく休んだが、手足の震えは止まらない。一人が「本当に死体か見ようぜ」と言ったが、誰も賛成しなかった。それからその寺の話は、少しずつ口にしなくなった。

何年も経ち、去年、中学時代の仲間と酒を飲んだ勢いで、あの寺の話が出た。懐かしさ半分、恐怖半分で、また山へ登った。「あの時、変な道通ったよな」などと笑いながら進むと、偶然、あの開けた場所に出た。

寺はまだそこにあった。ただし、当時とは違う。周囲は黒い鉄柵で囲まれ、有刺鉄線が巻きつけられている。白い看板には赤い字で、こう書かれていた。

信者以外立入禁止

それを見た瞬間、胸の奥で何かが冷たく固まった。鉄柵の中に、あの日の匂いと闇が、今も閉じ込められている気がしてならなかった。

[出典:2006/07/23(日) 01:56:30 ID:P8Akb4pb0?]

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