第36話:消えた少女
今では立派な社会人である一人の男性の、高校時代の体験です。
彼のクラスに一人、長い間病気で欠席の少女がいました。
一学期の始めから欠席が多かったのですが、二学期に入ってから遂に彼女は入院してしまい、それから数ヶ月、彼女の机は空席のままとなっていました。
やがてクラスメイト達が彼女のいない学園生活を当然と感じるようになってしまった頃、彼のもとに電話がかかってきたのです。
それも深夜、そろそろ寝ようとパジャマに着替えた頃だったそうです。
「もしもし……」
か細いけれど聞き覚えのある声、病欠中の彼女からです。
「何の用だろう」と彼は思いました。
特に彼女と親しかったわけではない。それどころかまともに話すらしたことがなかったのです。
その彼女がこんな深夜に電話をかけてくる理由が思い当たらなかったのです。
ひょっとして彼女は自分に好意を持ってくれているのか……等と思ったりもしました。
しかし、電話の内容は恋の告白でもなんでもなく、ただの世間話でした。
学校の様子や友達のことなどを彼は話しました。
10分程も話したでしょうか。電話の最後に彼女はこう言ったそうです。
「明日……学校に行くからね……」
ガチャ
相変わらずか細いけれども、しっかりとした声でした。
明くる朝、登校した彼は、クラスメイトの全員が夕べ彼女からの電話を受けていたことを知りました。
会話の内容は皆それぞれに違っていましたが、共通していた言葉があります。
必ず最後に「明日……学校に行くからね……」
退院したのだろうということになりました。
やっと元気になったのだ。学校に戻れるのが嬉しくて皆に知らせたかったに違いない……などと話をしていると教室のドアが開きました。
始業の直前に彼女が入ってきたのです。
顔色はあまり良くない、けれど彼女は微笑んで「おはよう」と言いました。
たちまちクラスメイトが取り囲んで声をかけます。
「久し振りやなぁ」
「もう体良いの?」
それに応える彼女は、以前と変わらない笑顔を見せました。
ところが授業が進むうちにだんだんと彼女の顔色が悪くなってきました。
ニ時間目……三時間目……
みるみる青ざめて血の気を失っていきます。
クラスメイトは何度も彼女に早退を勧めました。
だが、彼女は頷こうとしませんでした。
そして遂に彼女は、最後の授業まで終えてしまったのです。
その日の終業のホームルーム、担任の先生は彼女の様態が悪化していることを一目で見て取りました。
急遽、ホームルームは中止となり、担任の先生が彼女を送っていくことになりました。
この後のことは生徒たちが明くる日、担任の先生から聞いた話です。
先生に送られて駅へ行く途中、彼女は楽しかった学園生活のことを語ったといいます。
校外授業のこと、体育祭のこと文化祭のこと、授業中の私語の内容や、友達との内緒話にまで……
彼女の思い出話は広がっていきました。
だがそうして歩き続ける内にも、彼女の顔色はドンドン悪くなります。
まるで生気が抜けていく様だったと先生は言いました。
そして、遂に駅に着く頃には彼女の顔色は真っ白になっていたそうです。
「家まで送ろうか?」
先生はそういったのですが、彼女は断固それを受け入れなかったそうです。
遠慮している様子ではありませんでした。
「大丈夫です……一人で行きますから……」と彼女は言ったそうです。
そして、駅員さんに定期券を見せて、一人で改札をくぐっていったのです。
しかしその直後、先生は信じられない光景を見たと語りました。
人波に紛れていく彼女の姿に異変が起こったのです。
前から歩いてくる人に向かって、彼女は真っ直ぐ進んでいきます。
そしてなんと彼女はぶつかることなく、その人の体をスッとすり抜けてしまったのです。
どちらも相手を避けてはおりません。
お互いが見えていないかのように真っ直ぐに歩いてきて、そしてスーッと突き抜けてしまうのです。
やがて彼女の姿は徐々に輪郭が薄くなり、そして文字通り人混みの中に消えたそうです。
明くる朝のホームルームで先生は生徒たちに全てを話しました。
「先生な、彼女の自宅に電話してみたらね、そしたら彼女、あの学校に来た日、つまり昨日の前の日に、亡くなっていたんだよ……」
クラスメイトに電話が会ったその日に彼女はもう亡くなっていたのです。
この話をしてくれた彼は「あぁ、やっぱり」と思ったそうです。
クラスの全員もそう思ったそうです。
何故なら、亡くなったその日、先生が彼女を連れて帰った後、クラスでは奇妙な事実が判明したからです。
夕べ、クラスの全員にかかった彼女からの電話は、全く同じ時刻だったそうです。
教室の中には嗚咽の声が流れていきました……
[出典:大幽霊屋敷~浜村淳の実話怪談~]