中編 怪談

路地裏の帳面|大幽霊屋敷~浜村淳の実話怪談24

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第24話:路地裏の帳面

私は京都在住のOLです。

これは、大学時代の友人のA君に起こった出来事です。

私と友人のA君は、大学で同じ学部を専攻してた仲間でした。

私は実家から通っていたのですが、兵庫から来ていたA君は下宿生活をしていました。

そんな彼の下宿先アパート、KG荘はかなり古い建物でした。

それに、その近辺は一帯がとても陰気な所なんです。

近くに民家はあるんですけど、近所付き合いがないみたいで、ホント寂しいところなんですよね。

すぐ前にお寺がありまして、KG荘とお寺に挟まれた細い道が山の上まで続いていました。

お寺の裏は”左大文字山”いう山です。

毎年、お盆の季節になると、”大文字焼き”いう、有名な行事がある山です。

みなさんは、あんまりご存知ないと思いますけど、大文字山は霊を供養する山なんです。

ですから結構怖い噂話も多いのですが、今回はそれとはまた別のお話をしたいと思います。

その左大文字山の陰に入るために、A君の住むKG荘は昼間でも薄暗いんです。

まあ夏は涼しくてよろしいんですが、なんだか異様な涼しさでした。

さて、その細道は、KG荘で下宿している人からとても怖がられてるんです。

KG荘には何人か会社員の方も住んでおいででした。

それで、夜遅くまで残業して帰ってくる人が結構いたわけです。

その中の何人もの人が、この細道で得体の知れないものを見たというんですね。

A君から聞いたんですが、12号室の会社員Mさんはこの道で、背広のすそを、見えないなにかに引きちぎられたって言うんですって。

もう一人は歩いているうちに、いつの間にか、寺の境内に入り込んでしまったと言うし……

そして、怖いのはこの細道だけではありません。

KG荘にも色々怖い噂があるんです。

KG荘は共同トイレ、共同台所ではありますが、月に15000円というホントに家賃の安いアパートです。

ですから、学生や若いサラリーマンには人気があるんですね。

2階建て、20部屋のそのアパートは、びっしりと人が住んでいたようです。

一つの部屋を除いてですけどね……

KG荘に入ると、”管理人室”という札が貼られている部屋が見えます。

でも、そこには誰も住んでいません。

とうの管理人さんは作曲家さんでして、KG荘には住んでいないのです。

だから、ここは人が住んでもいいように開放されてるわけです。

普通の部屋より一回り大きい部屋で、共同台所が前にあります。

トイレも臭わない程度に近くにありますので、ホント便利だと思うんですよね。

みんな、ここに住めばいいのにと私も思いました。

でもなぜか住みたがらないんです。

実はここに最不気味な噂があるからんです。

その噂とはこんな具合です。

「夜中に寝ていたら、誰かが戸を開けて入ってくる。しかし、起きると誰も居なく、扉だけが開いている」

また、

「凍えそうになるくらいの寒さを感じて起きると、天井に顔がへばりついていて、こちらを見てる」

あるいは、

「夜中に赤く錆び付いた水道の水が、蛇口をひねってもいないのに、急に勢いよく出る」

などです。

さて、しばらく空き部屋となっていたこの管理人室に入居したのが、友人のA君でした。

しかし入居後すぐに、A君もこの管理人室にまつわる奇怪な噂を耳にし、作曲家の管理人さんに

「部屋をうつしてもらいたい。それができないならばKG荘から出て行く」

と言ったのです。

しかし管理人さんとしましても、ようやく人の入ったこの管理人室を、再び空き部屋にしたくはないと思い、家賃をさらに引き下げるから……とA君を説得したのです。

A君も、まあ実際に怪異が起きたわけでもなし、そういう条件ならと、管理人室に住むことにしたのでした。

しかし火のないところに煙は立たないもの。

A君は後になって、これらの噂がまったく根拠のないものではないことを、そして管理人さんがこの管理人室の過去について、ある隠し事をしていたことを知るのです。

ある夜、試験勉強中のA君は、どうしても友達からゼミのノートをかりないとならなくなりました。

A君は、バイク小屋に行きました。友達の家までは、どうしても原付バイクでないと行けないくらい遠かったんですね。

暗いバイク小屋で、なんとなく嫌な感じはしたらしいんですが、とにかくバイクのエンジンをかけてKG荘の門を後にしたそうです。

夜見るお寺の前の細道は昼間より一層不気味で、鳥肌が立つくらいだったそうです。

それでも、A君は頑張って町の大通りまで出る事ができたそうです。

しかし、友達の家に着いたものの、肝心の友達も勉強を完全にすましたわけではなかったそうなんです。

A君は

「しゃあないなぁ。おまえ、出来た、言うとったやんけ。もぉー」

などと言いながら、二人で勉強することになりました。

でもなかなか思うように進まず、気がついたら、午前1時をまわっていたそうです。

それでも試験はその日の昼でしたので、必死の思いでノートを完成させたそうです。そして、彼は家路へ。

深夜三時の夜道を彼は一人で帰ったそうです。

二十分程走り、とうとうあの細道に入る事になったのです。

「嫌やな……」

A君はその時、そう思ったそうです。

そうして、街灯もついてない真っ暗な細道に一人、入っていったそうです。

「あと5分くらいでKG荘に着くなぁ」

そう思ったとき、急にバイクのスピードが落ちてきたそうです。

「あれ……ガス切れたんかな?」

でも、薄暗く点灯したメーターには満タンのガス表示がされていたそうです。

おかしいなと思い、アクセルを思いっきり絞るんですけど、まるでバイクが何かに引っかかっているように、思うように進まないのです……

原付バイクのエンジンは勢いよく煙を上げています。

とうとう、バイクはまったく前に進まなくなってしまいました。

これはただ事ではないと、ひたすらアクセルを絞っていた手をゆるめ、A君は後ろを振り返りました。

そのときA君が見た光景はかなり異様なものでした。

五、六歳ぐらいの女の子が、両手で原付バイクのお尻の辺りを捕まえているのです。

そのためにバイクが進まなくなっていたのです!

その女の子は針金のように真っ直ぐな長髪で、青白い顔をしていたそうです。

目はひどく充血してたそうです。

その目で、恨めしそうにA君を見たそうです。

それを見たA君は、一瞬でパニック状態に陥り、両目を固くとじてアクセルを一気に全開にしました。

しかしタイヤが道路の上でギュルギュルと空回りするばかりです。

アスファルトとタイヤの接点から黒い嫌な匂いの煙が上がります。

やはりバイクは進みません。

その時、後ろの女なの子が

「ギギギギギ……」と気味の悪い声を出したそうです。

「おわあああ!!」

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A君は絶叫し、バイクを投げ出して飛び降り、転がるようにアパートの方に走ったといいます。

A君はアパートの入口のドアをしめ、自分の部屋、あの管理人室の前まで走ったそうです。

それで、心臓の高鳴る鼓動が止まらないままでしたが、彼は重要な事を思い出したんです。

投げ出してきたバイクにはキーがついたままで、自分の部屋の鍵はそのキーについています。

このままでは部屋に入れません。

それにせっかく完成したノートも道の落としてきてしまったようです。

「どうしよ……」

しかし、恐怖のあまり、戻ろうという勇気は出なかったそうです。

彼はパニック状態で、人に助けを求めようという考えすら浮かばなかった、とも言います。

とにかく部屋に入りたい。

それしか考えてなかったそうです。

そして幸い、予備の鍵を台所の食器棚の下に隠しておいた事を思い出したそうです。

それで彼は台所の方に振り返り食器棚の前にしゃがみこんだのです。

あの女の子です!

流し台の横に設置してある、木製の小さな食器棚の扉がわずかに開き、そんな人の入れるはずもない食器棚の隙間から、大きな目を見開いた、あの女の子がこちらを見ているんです!!

A君はその場で卒倒してしまいました。

卒倒した彼は、何時間眠ったかよく覚えていないそうです。

台所で倒れていた彼は、二人の青白い顔をした警官に肩をたたかれ、起こされたそうです。

A君は言うんですけで、二人は不気味なほど事務的で淡々としていたそうです。

そして、バイクのキーと彼の大事なノートを返してくれたそうです。

その警官たちは、ホントに不気味だったと言います。

そしてその日の昼の講義中、A君はKG荘を出ようと決めさせたものを発見することになります。

教室で彼は昨日のノートを机の上に出しました。

今回の試験はノートを参照してもいい試験だったからです。

A君はノートを参照しようと、ページをめくったそうなんですね。

すると、そのノートの間から、彼のテスト用紙の方に沢山の黒いものが、シャラシャラとスライドしてきたんです。

それは、100本程ありました。何だったかというと……

しおれた、針金のように真っ直ぐな長い髪の毛だったのです!!

A君はテストどころではなくなって、早退しました。

それから、彼はKG荘の先輩にその事を話して、ことの真相を知ったそうです。

どうやら、あの細道では昔、小さい女の子が、麻薬中毒者に殺されているというのです。

そして、その中毒者が住んでいたのが、KG荘のあの部屋、管理人室なんだそうです……

いえ、ただ管理人室に住んでいたというだけではありません。

恐ろしいことに、その中毒者はれっきとしたKG荘の管理人だったのです。

つまり、作曲家をしている今の管理人さんの父親だったのです!!

管理人さんはこのことをひた隠しに隠していました。

KG荘からの収益が見込めなくなると、のんきな作曲生活が送れなくなると思ったからでしょう。

今回A君にそれを話してくれた先輩は、ひょんなことから真相を知りました。

しかし家賃を下げるかわりに、誰にも麻薬中毒者のことは話さない、という約束を、管理人さんと交わしていたのです。

先輩はA君の話を聞いて、自分もKG荘を出ることを決めたのでした。

なお、KG荘は今でも実在します。

あなたも一人でアパート暮らしをなさっているのなら、一度、御自分の使っている部屋の過去について、調べておいたほうがいいかもしれませんね……

[出典:大幽霊屋敷~浜村淳の実話怪談~]

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