ガスライティングは心理的虐待の一種
被害者に些細な嫌がらせを行ったり、わざと誤った情報を提示し、被害者が自身の記憶、知覚、正気、もしくは自身の認識を疑うよう仕向ける手法。
例としては、嫌がらせの事実を加害者側が否定してみせるという単純なものから、被害者を当惑させるために奇妙なハプニングを起こして見せるといったものまである。
また、組織や団体が組織的にガスライティングを行う場合、実行者に被害者と道ですれ違わせて『A(被害者の氏名)、死ね』と囁かせたり、実行者にホームの対面から被害者と視線をじっと合わさせたりして、被害者が度重なるガスライティングでノイローゼになって医師に相談に行くと、『人の視線が気にならないか』、『幻聴は聞こえるか』などと誘導する形で、精神障害者に仕立て上げる目的で使用されたケースも明らかとなっている。
「ガスライティング」という名は、『ガス燈』という演劇(およびそれを映画化したもの)にちなんでいる。現在この用語は、臨床および学術研究論文でも使われている。
この用語は『ガス燈』という舞台劇(1938年、アメリカでは『エンジェル・ストリート』と題された)、およびその映画化作品(1940年、1944年)から来ている。
作中では、妻が正気を失ったと当人および知人らに信じ込ませようと、夫が周囲の品々に小細工を施し、妻がそれらの変化を指摘すると、夫は彼女の勘違いか記憶違いだと主張してみせる。
そのような行動を夫が取っていた理由は、妻の財産を狙っており、妻が正気を失ったと周囲に思わせ、妻自身にも自分は正気を失っていると思い込ませる事で心神喪失状態に陥らせ、財産を乗っ取ろうと計画していたからであった。
劇の題名は、夫が屋根裏で探し物をする時に使う、家の薄暗いガス燈に由来する。妻は明かりが薄暗いことにすぐ気付くのだが、夫は彼女の思い違いだと言い張るのだった。
相手の現実感覚を狂わせようとすることを「ガスライティング」と話し言葉で言うようになったのは、少なくとも1970年代後半以降である。
ロレンス・ラッシュは、児童性的虐待を扱った1980年代の著書で、ジョージ・キューカーの1944年版の『ガス燈』を紹介し、「こんにちでも『ガスライティング』という語は、他人の現実認識能力を狂わせようとする試みを指す言葉として使われている」と書いている。
この用語がさらに広まったのは、Victor Santoro の1994年の著書『ガスライティング:あなたの敵を狂わせる手引き』(Gaslighting: How to Drive Your Enemies Crazy) によってであり、この本は嫌がらせに使え表面上は合法的なテクニックを紹介している。
また、組織や団体が組織的にガスイティングを使用したケースでは、前述の通り、被害者を精神障害に仕立て上げる目的で行われている。
映画『ガス燈』で夫が妻に対して行った周囲の人達が妻が正気を失ったと思い込む状況に陥れる事や、妻自身に自分の正気を疑わせ、自分はおかしくなってしまったのだと思い込ませる事と全く同じである。
用語の定義としては、間違った情報を与える事で精神的虐待を加える事とされており、精神障害使者にでっち上げる事を目的として行うのは特殊なケースとなるものの、語源となった同作で行われたガスライティングのエッセンスを忠実に再現したものだと言う事ができる。
臨床例
心理学者のマーサ・スタウトは、ソシオパスはよくガスライティングの手法を使うと述べている。ソシオパスは、絶えず社会的道徳規範から逸脱し、法を破り、他人を食い物とするが、概して表面上は魅力的で、巧みな嘘つきであり、犯罪に関わるようなことはしない。従って、ソシオパスの犠牲者になっている人は自分の認識能力を疑ってしまうことがある。Jacobson と Gottman によると、配偶者間の身体的虐待の加害者の一部は、被害者側にガスライティングを行なっている場合があり、自分が暴力的であったことをきっぱり否定することさえある。
心理学者の Gertrude Gass と William C. Nichols は、夫婦間の不義で時々見られるある種の原動力を描写するのにガスライティングという語を使っている。
「セラピストは被害者である女性の反応を誤って解釈することで彼女の苦痛をさらに強めてしまうことがある。……夫が行なうガスライティングは、一部の女性にはいわゆる神経衰弱をもたらし、最悪の場合、自殺につながる。
ガスライティングは親子関係で見られることもある。親、あるいは子、あるいは両方が、相手を騙して正常な認知を損なわせようとするのである。さらにガスライティングは、精神病院の入院患者と医療スタッフの間でも見られる。
フロイトの手法のいくつかはガスライティングとみなされている。
狼の夢についてフロイトと様々に議論したため「ウルフマン」とあだ名が付いた Sergei Pankejeff の例について、Dorpat は次のように書いている。
「フロイトはウルフマンに容赦ない圧迫をかけ、フロイトの再解釈と定式化を受け入れるよう迫った。」
取り入れ
1981年の著名な論文『摂取の臨床効果例:ガスライティング』(Some Clinical Consequences of Introjection: Gaslighting) において Calef と Weinshel は、ガスライティングには加害者から被害者に向けられた精神的葛藤の投影と取り入れを伴うと論じている。
このペテンは、痛みを伴う(また潜在的に痛みを伴う)心理的葛藤の非常に特殊な「転移」に基づいている。
何故ガスライティングの被害者らは他者が表現し投影してくる事柄を取り込み同化してしまう傾向があるのかという点について、筆者らは様々に考察し、ガスライティングは非常に複雑かつ高度に構造化された仕組みであり、精神的機構の多くの要素の作用を包含していると結論づけている。
抵抗
特に女性に関して言うと、ヒルデ・リンデマンは「ガスライティングの場合、それに抵抗する能力は、自分の判断力を信頼する能力に負っている」と述べている。
加害者に抵抗する「別の解釈」を打ち立てることは、「通常の自由な心の働き」を取り戻す、あるいは初めて手に入れることの助けになるかもしれない。