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乗りますか~倉敷堀、空舟の影 r+3,394

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岡山・倉敷──あの街で、俺は見てはいけないものを見たのかもしれない。

コロナ禍真っ只中の、空気まで死んだようなある平日の午後だった。仕事で倉敷の美観地区の辺りを歩いていた。アイビースクエアの横を抜けて、手焼きせんべいの店や、外国人向けの草履や着物なんかを売ってる土産通りをのんびり歩く。コロナで観光客もまばらで、店も閉まっていて、まるで廃墟の中を歩いている気分だった。

それでも、こういう誰もいない観光地ってのもレアだよな、と妙にテンションが上がって、スマホで写真でも撮ってやろうかと堀の方へ向かう。そういや、阿佐ヶ谷姉妹がヒルナンデスで来たとかでちょっとバズってたよな、とか考えながら。

観光舟──あの川舟が一艘、水面を滑るように進んでいた。だが客は乗っていない。年季の入った船頭が一人、笠を深くかぶって黙々と漕いでいる。

顔は見えない。でもなんだか、ずいぶんと爺さんくさい所作だった。

練習でもしてるのかと思って、特に気にもせず舟のあとをついていく。静かな川面に、パシャパシャと音を立てて船が進む音だけが響いていた。

で、少し写真を撮ろうと橋の辺りで足を止め、柳やら川の流れやらをカメラに収めた。ふと気づくと、舟が消えていた。

さっきまで確かに目の前にあったはずの舟が、川面から影も形も消えていた。進行方向に目をこらしても、川は確かに行き止まりだったはず。しかも白鳥はそのまま優雅に泳いでいて、あの舟だけがまるで最初から存在していなかったかのように消えていた。

なんだこれ、どっかに隠れたってのか……と川沿いを少し歩くと、橋の下に銀色の金属製の柵がはまっていた。よくある防護柵、だが、それはあまりに古びていて、川舟が通り抜けるには無理がある。白鳥ならともかく、人が乗った舟なんて通れやしない。

それをじっと眺めていた時だった。柵の向こう側、川面の下から突然、人の顔がヌッと現れた。

うわっ、と変な声が出た。まるでホラー映画のワンシーンみたいに、顔だけがそこに現れて、じっとこちらを見ていた。

何の感情もない顔だった。性別も年齢もわからない。ただ、その目だけが妙に怒っているようで、心に刺さるような冷たい感覚があった。

数秒で顔は消えた。慌てて川の反対側に回って確認したが、そこには誰もいない。ただ水面がゆらゆらと揺れているだけ。

気づけば全身が鳥肌に覆われていた。暑かったはずの空気が、突然冷たくなったように感じた。耳にも変な圧がかかっている気がする。耳鳴りじゃなく、外の音が遮断されたみたいに、蓋をされたような感覚。

背後から、水音が聞こえてきた。

ペシャ……ペシャ……と、裸足で濡れた足が石畳を歩くような、重たい音。

振り返りたい。確認したい。けど、体が動かない。まるで全身が凍りついたようで、首すら動かせない。

音だけが近づいてくる。確実に、俺のすぐ後ろまで来ている。

逃げろ、逃げろと心が叫んでいるのに、足が動かない。汗が噴き出し、暑いのか寒いのかもわからなくなった頃。

「パシャ」と、前方の水面が割れる音。

あの舟が、こっちに向かって来ていた。

……さっき見失った舟だった。しかも、前方からやってきている。どう考えてもおかしい。柵があるのに、どこから来たというのか。

舟は俺のすぐそば、柵の前で止まった。

「乗りますか」

そう声をかけてきたのは、あの船頭だった。しゃがれた声ではなく、妙に明るく軽やかで、芸能人で言えば小日向文世みたいな声色。

顔はまだ見えない。笠が深くて、しかも俯いたまま。

「乗りますか」

もう一度そう言った後、続けてこんなことを口にした。

「もう、すぐ後ろまで“あいつ”が来てますので」

心臓が跳ねた。直後、背後の足音が、すぐ耳元で聞こえたような錯覚すらした。

「乗ります」と言おうとした口が、「せん!!」に変わったのは、船頭が顔を上げた瞬間だった。

まず、口が見えた。にっこりと笑っていた。

だが目のあたりが見えた瞬間、全身の毛穴が裏返るような戦慄が走った。

両目の位置に──何もなかった。

目玉が入っていないのではない。そこはぽっかりと、黒い穴が開いていた。吸い込まれるような、深く冷たい闇。

気がついたら全速力で逃げ出していた。足がもつれて、かなりみっともない姿だったと思うが、それどころではなかった。

戻った先で、せんべい屋のオバチャンが普通に立っているのを見た時には、本気で涙が出そうになった。まるで現実に戻ってきたような安堵。

タイムズで精算しようとしたら、手が震えて小銭を取り落としそうになった。駐車代が千円超えててキレそうになったけど、その時はたとえ五千円でも一万円でも機械に叩き込んで、あの場を去りたかった。

いまでは観光地も少しずつ息を吹き返して、人の姿も増えてきた。でもあの日の光景だけは、何度も夢に出てくる。あの顔、あの穴の開いた両目。

あれは何だったのか。あれに乗っていたら、俺は今どこにいたんだろうか。

あの船は、どこに繋がっていたんだろうか……。

[出典:738 :本当にあった怖い名無し:2020/07/12(日) 22:10:34.81 ID:j10zjYrf0.net]

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