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短編 山にまつわる怖い話

立入禁止の看板【ゆっくり朗読】3200

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釣り好きの知り合いに聞いた話

清田と長澤。

男二人が、とある深い山間に川釣りに出かけた。

全く知らない土地で多少不安はあったものの陽気につられてしまい、つい山の奥まで舗装されていない道路を沢沿いに車を走らせる。

釣れそうなポイントはないかと探していると、道沿いに少し雑草の茂った広場があり、林に囲まれた沢に通じる小道への入り口が見えた。

まだ先に道は通じているものの長時間の運転だった為、もうここしかないな、と車を降りてみる。

と、その小道の入り口に木製の古びた看板に、「立入禁止」と筆書きしてある。

つまり穴場ってことだな、と勝手な解釈をする二人。

気にせず緩やかな下り坂を数十メートル進むと、上流から大きな岩が連なる沢へとたどり着いた。

ここなら良さそうだ、と釣りの準備を始める二人。

その場所からは、林の隣接した上流の景色が数キロにわたって眺められ、青い空と白い雲の下、木々の緑と川のせせらぎが堪能できた。

沢沿いの小道もそれに沿って続いていたので、仮にその場所で釣れなかったら、いつでもポイント移動しようと二人は川に糸をつるす。

熱くもなく寒くもない、紅葉の垣間見える山間での午前十一時ごろの魚釣り。

あまりの陽気と早起きしての長時間の運転の為か、清田はついうとうとし始め、この景色を見れただけで十分という気になってきた。

二人の竿には何もかからない。

一時間位たっただろうか、長澤がポイントを上流へ変えてみると告げと移動した。

黒いジャンバーの長澤の背を生返事で送りつつ、多少強めの日差しを感じ眠気を覚ます清田。

あまり奥まで行かないよう言うべきだったかなと、多少後悔しつつもぽかぽかとした暖かさには勝てず、帽子を目深にかぶり直して、後ろの岩に背を持たせる。

川の流れる音が心地よい……

何かが、ピカッと光った。

目を覚ます清田。

どのくらい時間がたったのだろうか、竿に引きはなかったようだ。

うつろな目で上流に見るも長澤の姿は確認できない。

岩陰のどこかにいるのかな思いと竿のえさを付け替えていると、何やら上流数キロ先の小道から、黒い服装の人物が手を振りながら歩を進めてくる姿に気付いた。

黒ジャンバー、長澤か、何だろ?と長澤らしき人物に手を振り返してみる、あまり視力の良くない清田。

それにしてもずいぶん奥まで行ったもんだと多少呆れて見ていると、まだ手を振っている。

こちらから長澤が見えてるのだから、当然長澤もこちらが見えて手を振ってるはずなのに……

何かあったのか、大物でも釣れたのか……?

聞こえるかどうかは別にして、「どうした~~~!?」と、清田は大声を上げてみる。

木霊する訳でもない声は川のせせらぎの音にかき消されたらしく、長澤は腕を振り回すといってもよい位、手を振り続けているように見える。

そして、その腕が時折チカチカ光っている。

おそらく長澤の付けてる腕時計が、日光で反射しているのだろう……

さっきはそれで自分は起きたのかな?

しばらくそのまま様子を見ていた清田だが、少し妙なことに気付いた。

手を振り回す動きの速度に比べて、その歩みが余りに遅すぎる。

急ぎであれば小走りくらいするはずが、そのようには見えない。

よく見ると右足を引きずっているようにも見える……

いかん、長澤の奴、怪我してたんだ!

自分の鈍感さに嫌気が指しつつ釣り場を離れ長澤の元へと急ごうとする清田。

川沿いの岩場から小道までたどり着き駆け寄っていこうとした瞬間!

清田は我が目を疑った。

目に自信のない清田にも確認できる500m位先の岩場に、釣り糸を下げている長澤がいた。

目を凝らして見る。

間違いない、明らかに長澤だ。

今まで清田のいた場所からは、単に長澤の姿が岩陰になって見えなかっただけだったのだ……

とりあえず、良かった……

と安堵するも、では、1km程先で今も手を振り続けている人物は誰なのか……?

多少不気味さを感じつつも、足を引きずってるのだから確認しなければ、と思い直す清田。

人の心配もよそに釣りに夢中になっている長澤を憎らしく思いつつ、長澤の方がその人物に近い為、長澤に対して「おーい!」と声をかける清田。

その人物と同じように手を振りながら幾度か大声をあげていると、やっと長澤が気付いてくれた。

どうした?というような素振りを見せる長澤に対し、その腕を振り回す人物の方を何度も大げさな素振りで指し示す清田。

きょとんとした表情を浮かべたような長澤がどうにかその人物の姿に気付き、しばらく確認していたのだが……

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突然、驚いたような素振りを見せた長澤が、岩場から足を滑らせた!

何か慌てた様子に見えるが、清田からは何が起こったのかわからない……

滑った時腰を強く打ったらしいが、痛がりつつも大慌てで竿と荷物をまとめようとする長澤。

理解できないながらも手を振る人物より長澤の事が気になりだし、小道をやっと上流に歩み始める清田。

その人物の姿も徐々に大きく見えつつあるが、視力の悪い清田にはいまだ全貌は確認できない。

長澤は何やら言葉にならない言葉を叫びつつ、足の悪い岩場からほうほうの態で小道へとたどり着いた。

清田・長澤・腕を振る人物、の三人がほぼ一直線500m位の中に等間隔でいる形……

長澤は息を切らせつつ、一度だけその人物の方を振り返ると、あらん限りの力で清田の元へと走り寄って来た。

「何なんだ、どうした!?」と清田も訳がわからず歩み寄り、長澤の荷物を受け取ろうとするが、「いいから、急げ、急げ!!」と、やっと理解できるような言葉を振り絞る長澤。

長澤が清田の右腕を引っ張りつつ、車の方へと引き返そうとするが、その人物の姿から目の離せない清田。

「いいから、いいから」と、一度渡した荷物を取り上げ、結局動かない清田を諦め走り去る長澤。

少しずつ清田とその人物の距離が近まる。

一体、何なんだ?

目を凝らして見る……

ああ……やっと、分かった……

ザンバラ髪の頭から血を流した鎧を着た武者姿の男が、狂ったように刀を振り回しつつ足を引きずりながら、必死の形相で何やら叫び近づいて来ていたのだった……

あの光は、刀に反射したのか……?

と、思った瞬間!やっと我に返り全力疾走で小道を引き返す清田。

心臓が痛いようだが気にしてられない。

自分の釣り道具も沢にそのまま、何とか車にたどり着き、車中で震えて清田を待つ長澤と共にその場を離れる事ができた。

帰りの山道もなお、長い……

放心状態の二人、無言の車中。

途中、地元の農家の人らしい老人が歩いていたので、清田はとっさに車を降り、尋ねた。

「すみません!上流の広場あたりで……」

「おぉ、あそこか、立入禁止の看板立っとったろうが?」

(了)

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