九年前、兄貴が釣りに行ったまま、青白い顔で帰ってきた。震えながら、「○○ガマには行くな、コワイモンがいる」と何度も言う。俺たちが毎年行ってたリアス式の湾内、平家の落人が塩田を開拓した秘密の釣り場だった。父親が亡くなってからも通い続けた場所だった。
その日、兄貴は昼飯食ってる時に「コワイモン」を見たらしい。何を見たのか聞いても答えない。恐怖で崖を登って車で逃げ帰ってきた。「タモは置いてきたんか?」って聞いたら、「置いてきた」って。タモは亡き父が作った形見みたいなもんで、どうしても取り戻さなきゃならんかった。
夕方、暗くなる中、車に乗り込むと近所の母娘が車の前に立ちふさがってた。彼女たちがいなければ、俺はその夜ガマに向かってたかもしれん。
翌朝、兄貴が休むって言うから一人でガマに向かった。朝の光の中、獣道を下りていくと釣り具はそのままだった。タモも釣座の後ろに投げ出されてる。ほっとして釣り具を回収しようとしたら、クーラーが持ち上がらない。開けてみたら、腐った魚の臭いが鼻をついた。怒りと疑問が交錯する中、後ろのタブノキに首吊り死体を発見した。
中年の男がベージュのジャケットを着て地面に足をつけてた。でも、首が異様に伸びてた。恐怖を感じながらも、俺は冷静に警察に通報しようと駐在所に向かった。でも、警察官は不在で、道の向かいの家の老人に助けを求めた。
老人が確認しに行ったが、警察が来たときには死体は消えてた。警察は疑念を抱きながらも捜索を続け、結局は見間違いとされ解放された。自分自身が見たことを信じられなくなり、うすら寒さを感じながら家に戻った。
数年後、兄貴は難病にかかり亡くなった。死ぬ前に兄貴は「あの時見たのは首だ」と告白した。ダンゴの中に首があったっていう兄貴の話に、俺は自分も奇怪なものを見たことを告げた。その後、兄貴の葬式が終わり、母に話すと母は全く覚えていなかった。あの出来事は現実だったのか確信が持てなくなった。
勇気を振り絞ってあの老人に会いに行くと、老人は「あそこは変な場所だ」と言った。父と通った思い出の場所が恐ろしい場所になってしまったことが悲しかった。今でもあの時の夢を繰り返し見るが、兄貴が震えて帰ってきた日のことを思い出すたびに心が重くなる。だから、ここに書かせてもらった。長文、失礼しました。