祖父は近くの山にわらびを採りに行くのを日課にしていた。
小さい頃は私も祖父と一緒に行ったりしていた。
中1の夏休みも祖父と一緒に山に行った。
その山には昔から神隠しがあるって言い伝えがあった。
そんな山に入るのは、当時の私にとっては怖いよりもわくわくするものだった。
祖父といつものように(といっても年に一、二回くらいしか私は行かないけど)奥に奥にわらびを求めて入って行った。
祖父は慣れた様子でぐんぐん奥に入って行った。
私はだんだん怖くなってきた。去年はこんなに奥に行っただろうか?。
私は祖父に、まだ奥に行くのか?と尋ねたら、祖父は大丈夫とだけ言ってきた。
元々無口な祖父だけど、それでもそのときはなんだかいつもよりそっけない気がした。
私は少し不安になりながらも祖父についていった。
けれど、いくら歩いても祖父は止まることがない。
私もだんだん疲れてきて祖父から離れそうになって、慌てて追いかけて、また疲れて離れてを繰り返していた。
とにかく祖父からはぐれないことで必死だった。
気が付くと、祖父も私も崖の上に立っていた。
祖父は崖に近づいていく。
私はハッとなって必死で祖父を止めようとした。
けれど、祖父は考えられないくらい尋常じゃない力で(祖父は小柄な方で力はあまり強くない)私を振り払おうとした。
私はとっさに持ってた水筒の冷たいお茶を、祖父に頭から思いっきり掛けた。
そうしたら、祖父はハッとしたような顔で私も見た。
祖父はなぜそこにいるのか分からないし、初めてきたところだとも言った。
正気に戻った祖父とともに私はあたりを歩きまわって、なんとか祖父が知っている場所まで行くことができた。
私たちはそのままわらびは取らずに祖父の家に帰った。
そしたら、母にかなりの剣幕で怒られて、そのあとすごく泣かれた。
私たちが山に入ってから丸一日が経っていたのだった。
けれど、私も祖父もせいぜい数時間程度だと思っていたから、それを聞いてすごく驚いた。
母は私たちがいなくなってる間、近所の人とともに、山とその周辺を探し回ってたのだった。
だけど、どこにも見当たらなくて警察に言おうとしていたところに、私と祖父が帰ってきたのだった。
もしかしたら私と祖父は神隠しにあっていたのかもしれない。
(了)