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短編 ほんのり怖い話

鍼灸師【ゆっくり朗読】2300

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僕、鍼灸師をしてるんです。

337 :本当にあった怖い名無し:2019/01/01(火) 16:06:52.24 ID:HK3RzTmD0.net

こう言うとなんですけど、鍼灸って、古い、うさんくさい技術だと思われてる方が多いんですよね。

けど、今は国立大学でも鍼灸を専門に学ぶ学科がありまして、僕も、筑波大学で4年間勉強しました。

それから、もう10年たつところですが、開業はせず、ある大学病院で理学療法としてやってます。で、専門誌に論文出したりも。

それがおそらく目に止まったと思うんですけど、3年前の秋に、中国のある医科大学から、研究会で発表してくれないかって招待されたんです。

ああ、大学名なんかは言わなくてもいいですよね。いろいろ差し障りがあるかもしれませんから。

費用は渡航費用も滞在費もすべて向こう持ちで、毎日のように豪華なレセプションがありました。中国式の乾杯にはまいりましたけど。

それでね、発表が終わった日の晩です。

そのときの晩餐会で、そこの大学の学長からこんな話をされたんです。

「あなたの技術を見込んで、診断、治療してほしい患者がいる」って。

これね、向こうが本場なのに、変だと思うでしょ。

けど、お灸と漢方薬はともかくとして、鍼に関しては中国よりも日本のほうがずっと進んでるんです。

ほら、中国から伝わってきた鍼は、日本で特殊な進化をとげまして、江戸時代以前から、日本だと目の不自由な人たちが鍼を打つようになってたでしょう。

手探りで脈をみながら打つので、その過程で技術が進化して、経絡の考え方も、中国よりずっと実用的なものになってるんです。

あと、鍼管っていう、鍼にかぶせて使う管も日本独自の発明です。

でもね、今はそれ、中国でも一般的に使われているんです。

でね、この話を聞いたとき、ははあ、共産党の要人か、その家族だろうと思ったんです。党の幹部はいろんな特権がありますから。

それと、西洋医学では治せない症状なんだろうとも。

ええ、慢性的なアレルギーとか、西洋医学にも限界はあります。

それを補完するのが鍼をふくめた東洋医学ですから。

翌日の8時、ホテルにいるところに迎えが来まして、王さんっていう大学の学部長の人でした。

駐車場に大きな車が来ていて、運転手が乗ってました。

それで、最初にその市の中心部にある大型の漢方薬店に行ったんです。

楊さんという店主を紹介され、50代前半くらいの背の低い人でしたね。

王さんから「必要なものがあったら、何でもこの店で揃えてください」そう言われたんですが、肝心の病人の情報が何もないでしょ。

向こうからは教えちゃくれないし、聞いてはいけないような雰囲気がありまして。

まあでもね、僕はすぐ日本に戻らなくちゃならないから、継続した治療はどうせできない。

ですから、病気の診断をして、治療の指示を出すだけだと思ってました。

自分の鍼の道具は持ってきてましたので、あとその店で必要と思える物をいくつか選んで、また車に戻ったんです。

楊さんも店を店員に任せて同行しました。

そのときジュラルミンの枠のついた頑丈そうなケースを持ってきたんです。

大きさは普通のアタッシュケースくらいですが、やや厚みがあり、でも重そうには見えませんでした。

もう一度整理してお話すると、そのとき車に乗ってたのは、王さん、楊さん、僕、それから一言もしゃべらない運転手の4人です。

ああ、あと、言い忘れてましたけど、僕、大学で学んで、簡単な会話くらいなら中国語できるんです。

それからが長かったです。車で4時間ほどかかりました。

市内を抜け、郊外も過ぎ、舗装してない道に入って、さらに2時間ほど走りました。

ですから、その村に着いたのは12時を過ぎた頃です。

これはちょっと予想外でした。市内にある大きな邸宅に向かうとばかり思ってたので。

でね、行った先は、その貧しそうな村の外れ、山に近い場所で、大きなテントがいくつも張られてあり、軍用車が何台も停まってて、肩に銃を担いだ人民軍の兵士が見張りに立ってたんです。

これは何事だろうと思って緊張しましたよ。

まずテントの一つに入って、軍の司令みたいな人と王さんが話し、それから僕に向かって「お腹空いたでしょうが、急ぎなもので、さっそく患者を見てもらいます」こう言いました。

テントの中には監視モニターがずらりと並んでましたね。

でね、そっからは歩いて、道の両側に兵士が並ぶ厳重な警戒の中を、山のほうに向かいました。

「ここ、何ですか?」王さんに小声でそう聞くと、王さんは

「……遺跡なんです。おそらく漢代の。最近発掘されたばかりで、まだ周辺施設が整ってなくて」

大きな岩の重なりに鉄扉がついてて、僕たちの姿を見て兵士がデジタルロックを解除しました。

「遺跡?!」ますますわけがわからないですよね。そんなとこに何で病人が……

中は洞窟のままで、配線むき出しの照明がたくさんついてました。

あとね、驚くようなものがあったんです。何だと思いますか?

水槽ですよ。

水族館にでもあるような巨大な水槽が両側に見えてきて、これも急ごしらえのものに思えましたが、中に数mもある魚が何匹も泳いでたんです。

僕は魚のことよくわからないですが、チョウザメじゃないかと思いました。ええ、あのキャビアをとる。

やがて洞窟は突きあたりになり、小さな部屋がありました。

そこで僕は施術着に着替え、全員が消毒をし、また頑丈な鉄扉を開けると、そこが病室?だったんです。

壁は洞窟のままでしたが、かなりの広さがあり、縦に長いベッドがありました。8mくらいでしたか。

ベッドの上は仕切りのカーテンで3つに分けられ、入ってきた場所からは真ん中の部分が見えました。

そしてそこに、真っ白な腹? いや、胴体?どう表現すればいいかわからないものがあったんです。

それは呼吸しているようで、ゆっくり上下に動いてました。胴回りは人間よりかなり大きい。

「これが?!」「ええ、患者です。お願いします。西洋医学では無理ですから」

とにかく、まず、その2mほどの胴体部分を触診しました。

肌は人間と似ていて、体温もありましたが、ところどころにギザギザの……カエデの形をした鱗のようなものがあったんです。

内臓も人間に似ていると思えました。けど、大きくて長い。

「CT画像なんかはありますか?」王さんに聞くと、王さんは首を振り、「放射線関係はまったくダメです。せっかく復活させたのに、死んでしまう」。

復活? これは、この遺跡の被葬者なのか?

そこからは、全神経を指先に集中させ、経絡を探っていったんです。

人間の血圧にあたるものが弱く、血液の循環が悪いのがわかりました。

意を決して、循環器を回復させるための鍼を打っていきました。

7本目で、下半身との境のカーテンにいきあたり、僕は王さんを見て「めくってもいいですか?」。

王さんがうなずき、たくしあげると、やはり全体が真っ白な魚の尾部があったんです。さっき見たチョウザメによく似た。

驚いてもいられず、鍼を打ち進めていきました。

14本目の鍼を打ったとき、ビタン、尾が強く跳ねました。

もし当たったら、ただですまないくらいの力でした。

それはベッドからどさっと床に落ち、ビン、ビンと何度も跳ね上がりました。

王さんが壁に駆けよって非常ボタンのようなものを押し、警告音が響きました。

床の上のものはのたうち、上半身を持ち上げ、そのときに髪の長い女の顔が見えました。
女はするすると床を這い、楊さんが抱えていたケースにがっと噛みつき……

そこで、僕はなだれ込んできた兵士に部屋の外に連れ出されたんです。

やがて、遺跡の外で王さんと合流しました。

「どうなったんですか?」

「鎮静剤を撃ちました。おそらく大丈夫でしょう。いや、ご迷惑をおかけしました」

テントの中で、王さんや他の医師を交えて僕が診たことを話し、今後の治療についての所感を述べました。

みな熱心にメモをとって聞いてましたよ。

それから、車に乗ってホテルのある市に戻ったんです。

ここからは後日談です。

王さんは、僕の日本の口座に3000万円振り込むと言いました。口止めのようなことはなかったです。

それと、真っ白な鱗を一枚いただいたんです。

王さんは、「これは到底お金には変えられない、いわゆる中国の宝物です」そう言ってましたね。

その後、遺跡の中のものがどうなったかわかりません。

……僕の勘違いなんでしょうが、中国の要人の夫人の画像をテレビで見て、あの遺跡にいたチョウザメ女に似ているように思いました。

それから、去年、所用で中国を再訪したんです。あの遺跡のある場所とはずいぶん離れたところです。

空港から市街に入ると、道に何人も物乞いがいて、その人たちは道端に布を敷いて寝ていて、手足のない人が多かったんですが、その中に、楊さんらしき人がいたんです、あの薬物商の。

ただ、その物乞いは両目がつぶれ、両手両足がなく、小さな木の車輪がついた箱のようなものに乗せられていたので、これも違うかもしれません。

もちろん、声はかけませんでしたよ。

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