短編 集落・田舎の怖い話

十九地蔵【ゆっくり朗読】2400

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俺の家は広島のド田舎なのだが、なぜか隣村と仲が悪い。

俺の村を富毛村、隣村を端下村としよう。

不思議な事になぜ仲が悪いのかは不明なのだ。

富毛村の住人に聞いても、端下村の住人に聞いても明確な理由は解らない。理由不明。

しいて言えば、ご先祖様の代から互いに敵対していたと言う理由。

つまり先祖の遺恨しかない。

富毛村、端下村の人間は結婚など御法度である。

そればかりではない。俺のじいさんなどは端下村へは決して行くなと言う。

別に端下村は部落民と言う訳では決してないし富毛村も同様である。

「なんで行っちゃいけないの」

と子供の頃の俺が聞くと、それは端下村の呪いで災いを被るからだ等と言う……

「富毛村、端下村の境の道祖神を越えて富毛村の者が端下村へ行くと必ず禍を受ける。

例えば端下村川前の四つ角では事故を起こす者が多いが、決まって富毛村の者だ。

反対を押し切って結婚し端下村へ嫁いだ小田切の娘が早死にした。

端下村の吾童川は流れが急で深いから、5年か10年に一度事故が起こる。

それが不思議に富毛村の者ばかりだ」

……と言ったものだった。

勿論、本当かどうかは知らない。

正直なところ俺は祟りなぞ信じていない。

端下村へ行くと何で富毛村の人に危害が出るのか聞いてみた。

「十九地蔵が呪うからだ」とじいさんは答えた。

十九地蔵と言うのは端下村の光陰神社にある十九体の地蔵。

俺も見た事があるが歴史を感じさせる古さがあるものの、ごく普通の地蔵である。

「なんで、お地蔵様が人を呪うの?」

「それは知らん」

……等と適当な事を言う。

こう言う因習については、若い世代ほど気にしない。

俺なども事実、端下村の友達もでき一緒に遊んだほどだ。

端下村の友達に端下村では富毛村に行くなとか言われた事ある? と聞いてみたが、友達はそんなこと言われた事はないと答えた。

ますます俺はじいさんの古臭さを馬鹿にして、じいさんの言ってることは気にも留めなかった。

ある日俺は、兄貴と端下村にある吾童川へ泳ぎに行った。

じいさんには禁止されていたが、もちろん気にしない。

ところが泳いで10分もしない内に兄貴が出るぞと言いだす。

俺がまったく霊感が無いのと対照的に、兄貴は子どもの頃から非常に霊感の強い男だった。

「なんで? いま泳ぎ始めたばっかだよ」

「いいから、帰るぞ!!」

俺は兄貴の真剣な形相に驚き、着変えもせず短パン姿のまま衣服を持って走って帰る。

「なあ、なんで帰るん」

「お前、見えなかったのか」

「えっ、何が?」

「なんだが良く解らんが黒い影の様なもんが20人近くいて、それが俺らにものすごい敵意を向けてたぞ」

俺は20人近い影と言う事と、十九地蔵と言う事が頭の中でリンクして途轍もない嫌な予感を感じた。

なぜ、両村の仲が、理由もなく悪いのか、これに納得がいったのは、俺が大学院に進学した頃である。

富毛村の神社より、ある文献が発見されたのだった。

それは、室町時代後期に富毛村と端下村が吾童川の水利権を巡り争いを起こし、富毛村が端下村との戦いに勝ったという内容である。

豊臣秀吉の刀狩りが示している様に刀狩りされていない時代の農民は、決して後世のイメージ通りひ弱な存在ではなく武装していたのである。

兵農分離も進んでおらず農民と武士の境目は曖昧である。

だから戦に勝った記憶は大変名誉なこととして誇らしげに記述されたものだった。

けれども時代が下って平和な江戸時代。この様な不穏な文献は誇らしい記憶から忌わしい記憶となった。

よって富毛村の神社へこっそりと隠されたのである。

この文献は中世史を語る上でも*重要な文献らしく地方紙ではニュースになったし大学から学者がかなり来た。

(※農民=弱者というマルクス主義史観を覆すと言う意味で)

その内容から一部要約して抜粋すると以下の通り。

富毛村と端下村が吾童川の水利権を巡り争った。富毛村が奇襲をかけることにより戦に勝ち権利を治めた。富毛村の戦での被害は軽微であり、軽傷者5名。端下村の者を16名打倒した。また戦の巻き添えに女2名、子供1名が死んだ。計19名の内には、端下村庄屋であり光陰神社宮司を務める稲穂棚家当主、宗衛門義直を含む。

十九地蔵が呪うというのは、じいさんの勘違いだった。

十九地蔵はこの時の死者を弔うため端下村で建てられたものだった。

けれども地蔵にさえ癒し得ない、抑えきれないほどの深い深い富毛村への恨みが、まだこの地には残っていたのである。

(了)

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