私、印刷屋ですが、ちょっと変わった印刷もやっていまして、御札(おふだ)なんかを印刷することがよくあります。
そのため、よく真新しい御札を持ち歩いていたりするんですね。
ときどきホテルに泊まったときなんかに、ついイタズラで絵の裏とかにこっそり貼ってしまったりすることがあります。
泊まった部屋で、絵をひっくり返してみて妙に真新しい御札が貼って、怖い思いした人はごめんなさいね。ほんの出来心です。
そうしたイタズラで個人的に一番怖い思いをしたのは、近年、人気のある温泉観光地に行ったときのことですね。
ホテルから帰ってきたすぐ次の日にホテルから電話がかかってきまして、どうやらイタズラがばれたらしく、勝手に御札が貼り付けてあるがどういうことか、と厳しく問いただされたことですね。
「いやな感じがしたので、お守りのために貼ったまま忘れてました」
と適当にごまかせましたが、さすがにああいうイメージを大切にするところは管理を徹底しているものですね。
「少しでも悪評の立つようなことがないよう、細心の注意をしています」
支配人の方の口調の豹変ぶりは本当に恐ろしかったです。
2番目に怖かったのは、これは仕事関係である地方都市のビジネスホテルに泊まったときの話です。
そこはビジネスとはいえ、観光名所にもなっている地方都市にありがちな、結構グレードの高いところで、普通のグレードの部屋だったのですが、それでも飾ってある絵なんかもどことなく品のある、大変落ち着いた感じのところでした。
その日は、ちょっと商談がうまくまとまらずにイライラしていたので、部屋に帰って来るなり、何かイタズラしてやれという気分で、いつものように額を外して、その裏にやたら滅多に結構な枚数の御札をベタベタと貼り付けてしまいました。
その後、一旦食事を取りに外に出て、部屋に戻ってからは一人で酒盛りをして寝たのですが、寝床の中で少し気分が悪くなってきまして、どうも寝付きが悪かったのを不思議とよく覚えています。
まあこれは単純に酒のせいなわけですが。
で、そうこうしながら何となく眠り込んでいたわけですが、気が付くと暗闇の中、何か非常ベルのようなものが耳元で大変けたたましく鳴り響いていることが分かりました。
私は最初、それが目覚まし時計かと思って必死に止めようとしたのですが、体が重くて全然動かないのです。
必死でもがき苦しんでいるうちに、ふと目が覚めまして、今までのが夢だったと分かったのですが、何でそんな夢を見たのかすぐに分かりました。
枕元で電話が鳴り響いているのです。
周囲はまだ真っ暗ですし、さすがにギョッとしましたが、取りあえず出てみようと思って受話器に手をかけた瞬間、電話は切れてしまいました。
まあ夜中に電話が鳴っていたことは少し怖い気もしましたが、まだ眠かったですし、モーニングコールの設定ミスか何かだろう、と気にせずまた布団に入り、ウトウトとしてきた頃です。
突然、
『ピーンポーン!』
と、来訪者を告げる呼び鈴の音が部屋に鳴り渡ったのです。
さすがにこれには眠気が一気に吹き飛ばしました。
私が呆然としているとすぐさま、
『ピーンポーン!ピーンポーン!』
と、呼び鈴が続けざまに何度も押されました。
ただ、最初は私も唖然としてしまったのですが、すぐにドアの外で
「お客様!お客様!」
と呼びかけている声に気付いたので、少し安心してドアの方に行き、
「今、開けます」
と返事をしたところ、呼び鈴の音は止まり、相手はドアの外で待っている様子です。
開けるかどうか、ややためらっていたのですが、チェーンをかけて扉を少しだけ開くと、そこには見える範囲だけでホテルの従業員らしき人が三人ほど立っている様子でした。
私が不審に思い、
「何でしょうか!?」
とたずねると、彼らは申し訳なさそうに、理由も告げずに部屋に入らせて欲しいと言います。
私が理由をたずねると、ただ、
「不審な通報を受けたので、念のため、確認したい」
とだけ言います。
私は、少々腹は立ちましたが、向こうにはどうやら警備員らしき人もいるようなので、一方的に断って不審に思われるのも面倒なので、とりあえず彼らを中に入れることにしました。
彼らは私の部屋に入って、しばらく浴室等を見回した後、非常に申し訳なさそうに確認完了した旨と、お詫びを告げて部屋を去ろうとしたので、私はあらためて先ほどの従業員にその理由をたずねたところ、次のように話してくれました。
「実は大変不思議なことなんですが、30分ほど前、お客様の部屋からフロントに電話がありまして
『部屋に宿泊している人間に閉じこめられてしまった』
とだけ言って切れてしまったのです。
そこで、何度かお部屋に電話したのですが、お客様が出られないようでしたので、おうかがいさせていただいた次第です」