短編 ほんのり怖い話

すずめの亡骸

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「すずめに餌あげちゃだめですよ」

202 :2010/06/27(日) 16:56:39 ID:rA9HhC470

そう年下の先輩に言われたのは、以前の職場で働き始めて二ヶ月経った頃でした。

当時デイケアで働き始めたばかりの私に、指導係として付けられたチカちゃん。

チカちゃんは年上の後輩という扱いにくいだろう私に、親切に仕事を教えてくれる優しい女の子でした。

彼女と私は動物好きと言う共通点から仲良くなり、傍から見てもいい関係を築けていたと思う。

いつもニコニコしている彼女が、厳しい顔で言ったのが冒頭の一言です。

今頃の時期になると、すずめが巣立ったばかりの子供を連れて、餌を探しているんです。

田んぼの真ん中にあるような田舎の職場なので、すずめの親子たちを頻繁に見かけました。

可愛いな~と、忙しい仕事の合間にちょっと外を覗いては、癒しを貰ってたんです(笑)

チカちゃんも同じだった様で、「可愛いですよね~」と緩んだ笑顔で癒されてました。

「でもね、餌はあげちゃダメですよ?」

今まで笑ってたチカちゃんのいつにない真剣な表情に、ちょっとビックリした私。

でもすぐに、ああ、糞とかで汚されたりとかあったのかな?と思いました。

しかし、次の一言で思いっきり首を傾げてしまったんです。

「取られちゃうから」

え……?取られるって何?

「……や、焼き鳥とか?」

「いやいや、そうじゃなくて(笑)」

最初、餌あげたりしたら集まってきたすずめを、誰かが『焼き鳥』用に捕まえるかと思った私。思いっきり笑われました。

その理由は、以前働いていたチカちゃんの先輩が切っ掛けだったそうです。

チカちゃんの先輩は、私やチカちゃん同様、かなりの動物好きだったらしいのです。

その先輩がダイエットをはじめ、少しお弁当のご飯を残し始めた。

勿体無いから、水で解してすずめに与え始めたのが切っ掛けだと言う。

最初は余り近寄ってこなかったすずめ達も、徐々に餌が置いてある状況に慣れてきたようで、徐々に餌を求めてやってくるすずめも増えていったそうです。

だんだん利用者達もそのすずめが可愛くなってきたようで、時間があれば眺めるお年よりも。

責任者も、犬や猫とは違って特別手がかかる訳でもないので、咎める事はなかった。

だが、餌をやり始めて一年ほど経った頃、先輩はあるものを見つけた。

苑外行事で利用者や職員が出払った折、残った職員で普段手がまわらない場所を掃除する事になった。

先輩は施設の裏にある、一面砂利が敷いてある職員用の駐車場の清掃に。

砂利の間から伸びた草を抜き、捨てられた吸殻を見つけて、ブツブツ文句を言っていた時にそれを見つけた。

一見枯れ草のように見えたそれは、手に取ってみると、干からびた鳥の死骸だった。

それが、成鳥だったのか雛だったのかは分からない。

恐らくすずめの死骸だっただろうと思い、先輩は駐車場のすぐ横にある花壇の側に埋めてあげたそうです。

「その辺の気持ち、凄い良くわかるー」

「動物好きはそうしますよね」

「でも何で死んでたんだろうね?すずめが集まってるから猫が来たとか?」

「私達も最初はそう考えたんですよ。でもね、おかしいんですよ」

その清掃の数日後。

今度は別職員がその死骸を見つけたと言う。

同じように干からびた状態で、二羽分の死骸を。

「それでね、よくよく考えたら二三日前に掃除したばかりだから、猫に取られたとしても、死んでからそんなに経ってない訳じゃないですか?そんなに早く死骸って干からびないでしょ?」

「そうだねー、しかも今と同じ梅雨時期だったんでしょ?」

「そうなんですよ!真夏ってんならまだ分かりますけどね、ジメジメした時期に……」

それでも一番可能性があるのは、別の動物から襲われた以外に考えられず、すずめへの餌やりは止める事になった。

すずめを罠にかけてたも同然だと、先輩は一時相当落ち込んだらしい。

この辺も動物好きにはたまらなく分かる気持ちでした。そんな理由があるなら仕方ないと思ったのですが、それだけではなかった。

すずめへの餌やりを止めてひと月が過ぎたぐらいから、先輩にはある不思議な現象が起こり始めた。

仕事をしている最中に、ふと視界の端に、何か黒いものが映ると言う現象が。

何かが過ぎったのか?とその黒い影を追ってみても何もない。

この時チカちゃんも、仕事中によく振り返ったり首を傾げたりしてる先輩を見ていたそうです。

でもそれ以外には特別何も起こっておらず、他の職員も利用者も施設自体にも何もなかった。

先輩も特には気にする事もなく、そのうち慣れてしまった様子だったとか。

職場では営業を終えた後、シャッターを閉めるんです。

先輩以外が初めて異常を感じたのは、このシャッターを閉めている時に起った。

ガラス窓には全てシャッターがついていて、数名でシャッターを下ろす作業をしていた時。

先輩がシャッターを下ろした途端……

バンバンバンバンバン!!
バンバンバンバンバン!!

明らかに人が外から叩いている音が、施設内に響いたそうです。

すぐにその場にいた男性職員が悪戯だと思い、窓から叩かれているシャッターをのぞき見た。

瞬間音が止み、窓から身を乗り出していた職員が目を見開いて中にいる全員を見た。

「誰もいない」

今の今まで音が鳴っていたシャッター。

誰かが悪戯していたのなら、逃げていく姿ぐらい見れるはず。

みんなその事を分かっていたし、ありえないと思っていたが、誰も言葉に出来なかった。
しんっと静まり返って、なんとも言えない空気が漂った。

この日休みだったチカちゃんは、翌日話を聞いて震え上がったそうです。

「凄い怖かったですよ!今まで普通に働いてた場所で、そんな異常なことが起こるなんて思わないじゃないですか」

そりゃそうだ、そして今、私がその気持ちです。

その日シャッター閉めるのが、めっちゃ怖かったの今でも覚えてます。

ウチのデイケアって、病院が運営してるんですよ。なので、デイ施設は病院の隣にあるんです。

まあそんな関係から、病院じゃ色々あるのは想像つくし、利用者の中で亡くなった方だっている訳で。

みんなビビリまくったけれど、取り立てて何かをする事もなかった様です。

その後も事務所にある神棚の榊が倒れてきたり、誰もいないデイルーム内で物音がしたり、片付けてあったリハビリ用の道具が勝手に落ちたりと色々。

チカちゃんもその当時、ちょっとした体験をしてるそうです。

しかし自体が大きく急変したのは、やっぱりその先輩の前でした。

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変な事が起こり始めて二ヶ月弱経っていたので、もう夏の暑さが酷くなっていた頃。

営業終了後、デイルーム内の清掃や翌日の準備をしていた職員達。

その間はやはり暑いので、全てを終えて帰る寸前までクーラーは入れていた。

なので全部の窓は閉められており、室内は過ごしやすい温度が保たれている。

そのはずなのに、何故か湿った空気を感じた先輩。

原因はなんなのか?どこか窓が開いてるのか?と粗方終えた清掃の手を止め、あたりを見回す。

また黒い影が視界を横切った。

ぱっと目をやった窓に、初めて黒い影を捉えることができた。

事務所側の窓、その先は、あのすずめの死骸を見つけた職員用の駐車場がある。

黒い影は、窓の下のほうから少しだけ見えていた。

目を凝らし、徐々に近づいた先輩はそれがなんであるかに気づいた。

それは、こちらを覗く人の顔だった。

鼻を窓枠に押し付けるようにして覗く顔は、目から上しか見えない。

雨も降っていない真夏日なのに、長い髪は濡れたように顔に張り付いている。

表情のない目は異様でおぞましく、先輩は全身が総毛立つと同時にある確信を持った。

あのすずめの死骸、きっとこいつが食ったんだ!

何故かその時、先輩はそう思ったそうです。

絶対にこいつだ、こいつがすずめを食っていたんだ!と。

その顔はぬるぬるとした肌で、緑がかった黄土色をしていた。

恐怖で大声を上げて泣き出した先輩に驚き、他の職員も慌てて駆けつけた。

その日は全員がパニック状態で、収拾が付かなかったそうです。

チカちゃんもその場にいたそうですが、顔なんて見てないなかった。

先輩はその後、今まで自分の身に起こっていた事を責任者に話した。

黙って聞いていた責任者には心当たりがあった様で、すぐどこかに電話を入れた。

ややあって、呼び出された数名が一室に籠もりなにやら相談していたそうですが、内容は今でも不明との事。

最終的に分かった事は、今デイが建っている場所は以前は民家で、その土地を購入しデイを建てたのだが、その家には井戸があったそうなんです。

私自身この話を聞くまで知らなかったんですが、井戸を潰す時ってお払いとかお清めが必要らしいですね。

その神事をどうやらやらなかった様です。

デイ完成直後も実は色々あり、慌てて地元の神主に助けを求めた。

一応応急手当のような事はしてくれたらしく、その後きちんとお祀りしていたので何事もなかった。

ここからはその神主さんの見解ですが、恐らくすずめをお供え物と勘違いしたあの顔が、急にお供え物を止めてしまった先輩に、抗議しにきたんじゃないか?と。

しかも、先輩が見たその風貌からして、もうあれは水神や龍神ではなく、魔物となってしまったのだろう。

抑えることが出来ても、完全にその存在を消してしまう事は難しい。

上手く共存するしかないと、責任者に言われたそうです。

二年くらいで寿退社してしまったのですが、私は二年間何も経験しませんでした。

今は大人しくしているのだと思います。

あと、すずめの死骸があった場所が、井戸があった側だったようです。

(了)

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