「この写真、何だかすごく気持ち悪いですね…」
原著作者「怖い話投稿:ホラーテラー」かげなりさん 2012/04/07 07:58
8月の心霊特番に携わるAD・清田が、全国から寄せられた大量の心霊写真の内一枚を手に取って、プロデューサーに話しかけた。
心霊写真なんだ、気持ち悪くて当然だろう。そう思ったプロデューサーだったが、渡された写真を見て鳥肌が立った。
真っ黒い背景に白無垢を着た女が写っている写真だ。
写真を伏せてプロデューサーは言った。
「これは使えない、本物だぞこれ…」
清田は呆気にとられた。
「本物の心霊写真なら使うべきじゃないですか!」
しかしそうもいかないらしい。
プロデューサーが言うには、
「番組に使う心霊写真ってのは全部偽物なんだ」
「本物を使うとなるとスタッフに体調を損なうものが出たり、最悪死ぬしな」
「もっと言えば画面越しの視聴者まで霊障が及ぶ」
「本物を使って打ちきりになった番組もいくつもある」ということらしい。
テレビの裏側を知ったようで少しガッカリした。
しかし、幽霊など微塵も信じない清田は皮肉っぽく言った。
「これが本物って確証もないですけどねぇ。何より、気味が悪いってだけで、ただ花嫁装束の女性が写ってるってだけの写真じゃないですか」
プロデューサーはムッとして答えた。
「この世界も長いと勘で分かるんだよ。それにこの写真、普通に見えるか?」
写真を見返す清田にプロデューサーは続ける。
「背景が真っ黒だが透けて見えないか?砂利が薄暗く写ってるだろ?」
写真を確認したところ、確かに右端に砂利が見える。
「つまりこの白無垢は、何かの不手際で間違って撮ってしまった地面に写っているんだ」
と、真剣に語るプロデューサーだったが、そう言われても清田はピンとこなかった。
確かにそうだとしても、二重露光などのカメラの不備、何よりパソコンでの合成と考えるのが自然だったからだ。
「とにかくこの写真を持ってここへ行け」
清田は簡単な地図を渡された。番組がいつも御焚き上げ供養に使っている神社のようだ。
わりと郊外の駅にある神社で、面倒に思った清田だったが、連日の徹夜からくる眠気を晴らすチャンスだ、と電車でそこへ向かうことにした。
封筒にしまった写真をリュックに忍ばせ、清田は切符を買った。
中途半端な時間だったがさすがに都会、人の往来が激しい。
そんな駅の喧騒の中、聞こえるはずのない音を清田は聞いた。
「シャンッ」
少し不思議に思った清田だったが、眠気の方が勝っていた。改札を抜け、電車に乗った。
乗り換えまでまだまだ時間がある、心地よい揺れに睡魔が迫る。
「シャンッ」
またさっきの音だ。
「シャンシャンッ」
トンネルに入ったのだろうか、まぶたの裏がやけに暗い。それにしてもしっかりと鳴る音に、清田もさすがに不思議に思った。
「疲れているんだろうか…」
「シャンシャンシャンシャンシャンシャンッ」
音が近づいてきた。
ビックリした清田は目を見開いた。
すると眼前には、あの写真の白無垢姿の女性がいた。
無表情の真っ白い顔がこちらを見ている。
「シャンシャンシャンシャンシャンシャンッ」
…
これから清田は思い知ることになる…『祭服を着た人物が心霊写真に写っていると厄介なことになるということを……
懐疑主義者を自称する清田であったが、心霊現象を信じる、信じないの話ではなくなってしまった。
何しろ、写真に写っていた女性がそのままの姿で目の前にいるのである。
電車の中での花嫁装束は異彩を放っており、その出で立ちは不気味と言う他ない。
周りの人間が気にも止めないのを見るに、どうやら自分にしか見えていないようだ。
「シャン、シャン、シャン」
一定のリズムを刻むこの音は、一歩一歩、進んではいけない領域へと足を進めるようで、頭がグワングワンと痛くなる。
見ていられない。目を閉じる清田。
起きてしまった事実を塗り潰すように「疲れているんだ、疲れているんだ」と言い聞かせた。
すると耳元で声が聞こえた。
「おっ父とおっ母は息災じゃろか」
声が出かけるほど驚いた清田は勢いよく目を見開いた。
至近距離に女の顔があった。
「うわあああ!!」
清田は一目も憚らず叫びながら隣の先頭車両へと移った。
電話だ、とりあえずプロデューサーに電話しなくては。車内の人間に話したところで意味がない。
『どうした清田、何かあったか?』
聞き慣れたプロデューサーの声が、恐怖に苛まれた心に少しばかりの安堵をもたらした。
「しゃ、写真の女が、出たんです」
しどろもどろで何を言っているか分からなかったかもしれないが、とにかく清田は身に起こった怪奇をそのまま伝えた。
すると、こういったことがかつてあったのだろうか、プロデューサーは案外冷静にこう返した。
『いいか、今は耐えろ。どんなに怖くても写真を捨てちゃいけない。とにかく早く神社まで向かうんだ!』
藁にもすがるとは今まさにこの時のこと、清田はプロデューサーを信じるしかなかった。
とにかく今は電話を切りたくない。
『心霊写真を捨てるのは一番やっちゃダメだからな、♪シャン♪…』
おかしい。電話口からあの音が聞こえる。
『素人考えが ♪シャン♪ ダメだ、♪シャンシャン♪ くてもプロの ♪シャン♪ に任せて ♪シャンシャンシャン♪…』
どんどんプロデューサーの声が侵食されていく。
『シャンシャンシャンシャンシャンシャン…』
ブツッ…
電話が切れた。
車掌がいる運転席の前に、白無垢の女が立っていた。
何が起こっているのだろう。
考えることすら放棄したくなった清田は、目的の駅に全速力で走って電車を乗り換えた。
もう嫌だ、あの無表情の顔、物憂うような、怨めしいような、そんな感情を思わせる無表情の真っ白な顔。
シャンッと頭に響く音は、想像しただけで現実に鳴っているかのように錯覚を覚える。
電車から降りた清田の前に、また白無垢が見える。
雑踏の中を目立つ白が立っている。
清田は地図を見ながら逃げるように目的地に走った。
息を切らしながらも、やっと見えてきた。目的の神社だ。
ここに来るまで何度白無垢を見たろうか。
何度あの音を聞いたろうか。
しかしそれもこれまでだ。
思っていたより小さな神社だが、到着したことでその恐怖から解放される気がして涙すら出そうになった。
ドンドンドン…
「すみません!」
清田は力強く離れの戸を叩いた。
すると神主だろうか、一人の老人が現れた。
怪訝そうにこちらを伺っている。
「何か?」
清田は焦りながらリュックを開いた。
ごそごそと封筒を開け、写真をかざし、
「これ、この写真、供養してほしいんですけど」と息巻くように言った。
突然のことに驚いた老人は、写真をまじまじと覗き込んだ。
一転して老人の顔が曇る。
「申し上げにくいのですが、これはうちでは無理です…」
清田は硬直した。すべてが解決すると思っていたのだから。
「ど、どうして」
不安そうな清田に老人は言った。
「神様が喧嘩してしまうんですわ…」
どういうことだ?
「この写真は普通の心霊写真とは違うんですわ、こんなのは初めて見ます。お気の毒ですが…」
そう言って戸を閉めようとした老人に清田は食い下がった。
「どういうことなんですか!?説明してください」
戸を引く力を弱め、老人はしぶしぶ話し始めた。
「この女性は…いつの時代か、神様に嫁いだ人身御供なんでしょう。神様の土地に移り込んだんでしょうな。見えてしまうことはあっても、危害は加えないはずです。とにかくうちでは引き取れません」
呆然とするしかなかった。何で自分がこんな目に…
シャン、シャン、シャン…
音は鳴り止まない。
その後、清田は務めていたテレビ局を辞めた。
『白無垢の女が見える』と言えば、ノイローゼだ、頭の病気扱いだ、返って来る言葉はいつも同じ。誰にも言うまい。
清田はもう、部屋から出たいとは思わなくなっていた。
シャン、シャン、シャン…
今日も聞こえるこの音は、娘をあちらへ連れて行く音だったんだろう。
おっとお おっかあ 息災だろか……
今日も聞こえるこの声は、あちらに行った娘の憂いだったのだろう。
今日も見える白無垢は悲しくこちらを見つめている。
「俺はこのままこの娘と一生を添い遂げるんだろうか」
今日も現れる花嫁を見て清田はそう思った。