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報じられない夜 r+5,145

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夜の底がゆるやかに満ちていくような週末だった。

嫁が夜勤で不在だったから、久々に羽を伸ばそうと考えたんだ。車で出て、代行で帰れば問題ない。そう思って、気がついたらもうひとつ目の店に入っていた。

そこは、ちょっとした縁があったラウンジだった。
もともとパチンコ屋で知り合った女の子がやってる店。前の彼氏と別れたあと、新しい彼氏──噂じゃ本職の幹部──と一緒に始めた場所だ。俺はその子と特にどうという関係じゃなかったが、気さくな性格で、他の従業員とも割と仲良くしていた。
ボトルも何本か入れてたから、行けば顔も効くし、それなりに安く飲める。

その夜は十時半くらいに店に着いた。
中は意外と混んでいて、カウンターには俺を含めて四人、奥のボックス席も全部埋まっていた。夏だというのに、妙に長袖を着ていた連中がいた。正直、見た瞬間に「そっち系」だと察した。

無視だ、関わらんのが吉。
そう思って俺はカウンターで、隣にいた二人組と軽く打ち解けて飲み始めた。焼酎がすすむ。話もはずむ。酔いがじわじわ回ってきて、顔の火照りが心地よくなってきたころ、背後からドタバタと音がした。
さっきの連中が出ていく音。なんとも言えない、荒れた空気をまとって。

とにかく背を向けていた。
目も合わせなかった。
だが、あの一瞬──出ていく時に振り返った誰かの目と、ふと合ってしまったような気がした。

それから三十分も経たないうちに、入店してこようとした客が扉の前で止まっていた。従業員の女の子と何やら話している。
そして、その女の子が俺のところに来て、申し訳なさそうにこう言った。

「ごめん、今日はもう閉めるんよ。悪いけど、帰ってくれん?」

「え? まだ十二時ちょっと過ぎやん。代行も呼んでないし……」

「ほんとごめん、この埋め合わせは今度絶対するから」

「せめて代行来るまで待たせてや……」

「ううん、今日はこの辺の店でガサがあるって聞いたけ、さっさと閉めたいんよ。ごめんね、お願い」

強引だった。不自然なまでに、帰らせようとしていた。
俺は腑に落ちないまま、しぶしぶ店を出た。店の前の自販機で缶コーヒーを買って、近くのビルの陰で代行を待った。

だが、来ない。
普段なら十数分で来るはずが、三十分経っても姿を見せない。痺れを切らして代行会社に電話を入れた。

「あー、すーさん、すんません。今、検問やってて大渋滞なんですわ」

「あー、そっか、わかった。できるだけ早くお願いな」

結局、店を出てから一時間後、ようやく代行の車が来た。
時刻は一時半。
──普段と変わらない帰宅時間。けれど、なにも飲まず、ただ寒気だけが残った夜だった。

車に乗ってから運転手に聞いた。

「さっきの検問、なんか事件でもあったん?」

「ああ……あのラウンジの近くの公園で、人刺されたらしいですよ。殺傷事件だって」

車内の空気が一瞬で変わった。
俺は黙ったまま、シートベルトを握りしめた。

途中、検問に差しかかる。
警官がライトを持って近づいてくる。

「車内、ちょっと見せてもらっていいですかー?」

「……なんの検問です? 飲酒運転とは規模が違う感じがしますけど」

「いやー……ちょっとね、ははは」

笑って誤魔化された。
車内の隅々までチェックされたあと、開放された。
その夜は、風呂にも入らず、ただ布団に潜り込んだ。

翌朝、やはり気になって、店の子に電話した。
だが、はぐらかされるばかりで、詳しい話は聞けなかった。

昼になり、テレビを点けた。
ローカルニュース。
なにも報道されていない。
殺傷事件のことなど、微塵も出てこない。
新聞にもラジオにも、何もなかった。まるで、最初からなかったかのように。

あんなに大がかりな検問だったのに、まるで、街全体が口をつぐんでいた。
不安になって、警察署に電話してみた。

「すいません、昨日の深夜、この辺で検問されてたと思うんですが……何か事件ありましたか?」

「検問? してませんよ。何かの見間違いじゃないですかね」

「え……いや、車止められて調べられたんですけど……」

「うちはそういった対応しておりません。事件も起きてませんよ」

違和感だらけだった。
「答えられない」でも「個人情報だから」とも言わない。
何もない、という言葉だけが、異様に冷たく、無機質に返ってきた。

店は、それから二週間で忽然と姿を消した。
看板も、電話番号も、なにも残っていなかった。
ただ、元従業員の一人から突然連絡が来た。

「新しい店で働いてるんよ。よかったらまた来て」

少し雑談してから、あの夜のことを訊いてみた。
女の子は一瞬、電話越しに黙った。
そして、ぽつりとこう語った。

「……あの夜、入り口で話してたお客さんね、白いトレーナー着てたんよ。最初は真っ白だったのに、戻ってきたらピンクのマーブルになってた」

「なんで?」

「聞こえちゃったの。あの人、こう言ってた」

──「おう、これ(包丁)ハイターつけとけや」

──「なにしたんよ!」

──「あんまし、ねむてぇことばっか言いよったけん、土手っ腹いったった。多分もう、あれだ……」

「……って。女の子、あんまりにも顔色真っ青で、怖くなって店閉めたの。そしたら、そのおっさんが言ったのよ」

──「あそこで飲んどる奴、これ聞いとるな。あいつも片付けるけー、お前ちょい店開けろや」

「その後、なんとか誤魔化して、あんたのことは庇ったみたい……」

携帯の向こうで、小さな溜息が聞こえた。

この世のどこかには、人を一人刺し殺しても、ニュースにもならず、誰にも咎められない人間がいる。
凶器をハイターに漬ける冷静さと、人を処理する計画を口にする無感情な声。
それが、こんなにも近く、日常の中に混じっていたことが、何よりも怖かったんだ。

[出典:24 2011/06/13(月) 23:19:00.56 ID:oT4cCN6v0]

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